Logical Skill の深い話
Logical Skill (特にLogical Writing) について、著書(たとえば、「論理が伝わる世界標準の書く技術」講談社)には書かなかった、より深い話を紹介します。
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Google翻訳はどこまで正しい英語に翻訳できるのか
Google翻訳はどこまで正しい英語に翻訳できるのか。

もとの日本語
「当社は懐具合が窮屈なため、5000ドル未満の注文に対しては、10%の割り増し料を請求せざるを得ません。」
Google翻訳した英語
「We are forced to charge a surcharge of 10% for orders under $ 5000, as our business is cramped.」

 文法的には成立しているし、意味も概ね伝わるだろう。しかし、ビジネス文章として、教養ある英文とは言えまい。

 まず簡単な問題点を挙げる。
1.”force”は、「無理矢理」の意味を含むので、この文脈では不適切な単語だろう
2."charge a surcharge"は、重ね言葉
3."business is cramped"は、「懐具合が窮屈」を正しく伝えているか不明。ネットでの使用例を見ると、「ビジネスやる上での場所が足りない」のような使い方が多い。文脈から「懐具合が窮屈」と取れるとは思うが、もっと適切な表現がありそうだ。

 さらに、テクニカル・ライティングの視点で言えば、この文は"we"を主語に置かない方がスマートである。なぜなら、マイナスなイメージの情報を発信するのに、"we"を主語にすると、そのマイナスなイメージが"we"に付くからだ。つまり、「他でもない当社が、割り増し料を請求するのです」というような印象を与える。

 では何を主語とするかというと、仮主語を使うのだ。たとえば、"Because of our financial condition, it has been necessary to"と表現する。マイナスなイメージの情報を発信する時は、人を主語とせず、ものを主語とするか仮主語を使うかすると、マイナスなイメージが少し緩和される。

 さらに、この文なら、時制は現在完了形が望ましい。この文意からすれば、おそらく割り増し料の請求は、懐具合が窮屈になった時点(過去)で始まり、今も続いているのであろう。となれば現在完了形だ。

 科学が進んでも、まだまだ、指導すべきことは多い。
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Google翻訳を英語ライティングの指導に活用
 今でも、ときどき、英語のテクニカル・ライティングを指導するときがある。指導を始めたころに比べると、時代に合わせて指導方法が変わってきた。今回、新たな試みをすることに決めた。

 昔は、紙の辞書が中心だった。講師も受講生も、紙の辞書を頼りに英文を書いていた。

 電子の時代となり、紙の辞書は、電子になった。辞書の表記や例文集の記述を、パソコンを使ってプロジェクターに表示できるようになった。これでかなり指導しやすくなった。「辞書にこう書いてある」とか、「例文集を見れば表現がわかる」とプロジェクターで示せた。

 さらに、インターネットの時代になって、例文集としてWEBが使えるようになった。例文集を購入しなくても、Weblioで例文検索が無料でできるようになった。Googleの検索機能を使えば、よく使われる表現なのかどうかも、ヒット数から判断できるようになった。

 さらに時代は進み、今後は、Google翻訳を活用しよう。従来、「この日本語を英訳してください」としていた出題は、「この日本語をGoogle翻訳で英訳するとこうなります。この英語をより適切な英語に直しましょう」と出題することにした。ビジネスの現場で英文を書く時、「Google翻訳を使ってはいけません」なんてことはあり得ない。使えるものは総動員して、生産性を高めるべきだろう。

 そのうち、科学が進めば、英語のライティングは指導する必要がなくなるかもしれない。まあ、それは私が生きているうちはないだろう。
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(5)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する5回目です。

 これまで指摘した問題を踏まえ、正しい文章に書き直すと、以下のようになります。

----------------------------------

 私は、議論を通して頭が良くなると考えています。頭がよくなると、現代のリーダーに求められる力も身につきます。頭をよくするには、いい議論が効果的なトレーニング方法です。

 ここでいう「頭が良くなる」とは、いい議論が持つ弁証法的運動を自らの思考の基本として身につけるということです。弁証法的思考とは、相反する意見の相違を克服して、より高い状態へと移行しよう試みる考え方です。弁証法的に思考できると、一つの視点からだけでなくさまざまな視点からものごとを考えることができるのです。さまざまな視点から、異質な意見や考え方を取り入れることで高次の考えへと発展させていく。異質な意見で指摘された矛盾や否定をいわばバネとして思考を上昇させていく。この弁証法的な運動こそ、思考の本質です。

「頭が良くなる」と、現代のリーダーに求められる「チーム思考力」が身につきます。「チーム思考力」とは、チームメンバーの知識や意見、アイディアをうまく絡み合わせて発展させ、新たな意味を生み出すコミュニケーション力です。「頭が良くなる」と、チームメンバーの知識や意見を、弁証法的に思考して、高次の考えへと発展できるのです。たとえば、…

「頭が良くなる」には、いい議論をすることが最良のトレーニングです。 議論によって相反する意見の合意点を見出すことは、弁証法的運動そのものです。この議論を習慣化することで、弁証法的運動が習慣化するので、「頭が良くなる」のです。たとえば、…

「いい議論」と限定をつけたのは、単に議論するだけでは力がつかないからです。議論によって相反する意見の合意点を見出すからこそ、弁証法的運動が身につくのです。「悪い議論」では、人格攻撃をしたりして関係を破壊します。このような議論で、弁証法的運動が身につくはずはありません。議論と同じ戦いである武道に型があるように、議論にも習得しておくべき型があります。その型を学ぶことで、弁証法的運動が身につく「いい議論」ができるようになるのです。

 議論によって、現代のリーダーに求められる「チーム思考力」が身につく、そんな意識で本書を読み進めてみてください。

明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(4)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する4回目です。

---引用始め---
 つまりここでいう「頭が良くなる」とは、いい議論が持つ弁証法的運動を自らの思考の基本として身につけるということです。柔軟で強靱な思考力は、いい議論の経験を通してこそ向上していくものです。
---引用終わり---

 子のパラグラフでは、2つのトピックが、1文ずつで述べられています。分けて述べるべき内容です。

 1文目は、もっとずっと前に述べておくべき内容です。最初のパラグラフで使った言葉が、ここまで定義されていないのは、「議論を始める前に言葉を正しく定義する」という基本を知らないからです。また、この1文では理解できないので、「いい議論が持つ弁証法的運動を自らの思考の基本として身につける」を詳しく説明しなければなりません。

 2文目は、そのトピックから考えて、前のパラグラフに統合すべきでしょう。

---引用始め---
 新しい学力とは 、的確に議論する力であり、多様な視点から分析し総合的に捉え直す力です。子どもたちだけでなく、今生きるすべての人が、身につけたい力です。
---引用終わり---

 唐突な内容の転換です。なぜ、突然、「新しい学力」の話になったのでしょう。

 「的確に議論する力や、多様な視点から分析し総合的に捉え直す力を身につけたい」と述べたいなら、単に前に述べたことの繰り返しです。前のパラグラフのいずれかに統合すべきです。こういうことを述べるから、1つのパラグラフが1,2文になってしまうのです。

---引用始め---
 議論力は、この社会を発展させるだけでなく、場を明るくし、生きている実感を得させてくれる力です。
---引用終わり---

 唐突な内容の転換です。突然、「場を明るくし、生きている実感を得させてくれる」と言い出しました。言っただけで根拠はありません。だから、1つのパラグラフが1,2文になってしまうのです。

---引用始め---
 身のまわりの人と「祝祭としての議論」を楽しむ、そんな明るいイメージを持って、本書を読み進めてみてください。
---引用終わり---

 これまた突然、「祝祭」と言い出しました。「祝祭」って何でしょう?まとめのパラグラフだから短くてもいいのですが、これまで述べてきたことを総括しているとはとても思えません。
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(3)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する3回目です。

---引用始め---
 自分一人で考えるのではなく、グループでチームとして考える。いわば「チーム思考力」を場においてリードし、向上させていくことのできる力。これが現代のリーダーに求められる重要な条件です。
---引用終わり---

 前のパラグラフとつながりません。前のパラグラフでは、「現代社会で求められる頭の良さは、既存の知識を記憶し再生することのできる学力だけではありません。」と始まっていました。なぜここで、「リーダーに求められる重要な条件」が登場したのか理解できません。「リーダーに求められる重要な条件」=「頭の良さ」といいたいならそう書かなければわかりません。

 1文目は要約文ではありません。このパラグラフは、前のパラグラフとまとめるべきでしょう。おそらく前のパラグラフと合わせて1つのトピックと思われます。そもそもこのパラグラフは短すぎますし。

---引用始め---
 まずは二人の対話からでいい。徹底的に議論を練習することによって、頭が柔軟に機能する習慣が身につきます。論理力もこの対話トレーニングを通して磨かれていきます。
---引用終わり---

 1文目は要約文ではありません。要約文は2文目でしょう。しかし、このパラグラフは、主張ばかりで根拠はありません。なぜ、議論すると、頭が柔軟に機能するのか、論理力が付くのか分かりません。

---引用始め---
 「いい議論をすると、頭が良くなる」ということには、より本質的な根拠があります。それは、「頭が良い」人は弁証法的な対話の構造を身につけているということです。「思考力がある」ということは、一つの視点からだけでなくさまざまな視点からものごとを考えることができるということです。異質な意見や考え方を取り入れることで高次の考えへと発展させていく。矛盾や否定をいわばバネとして思考を上昇させていく。この弁証法的な運動こそ、思考の本質です。
---引用終わり---

 要約文ではありません。要約文は2文目でしょうか。あるいは、「いい議論をすると、異質な意見や考え方をバネとして思考を上昇させていくので頭が良くなる」でしょうか?いずれにしろ、もう少し説明が必要です。

 「弁証法的な対話」の説明が必要です。この言葉で理解できる読者は、ほとんどいないでしょう。難しい言葉でごまかそうとするのは、論理性の低い人のやる常套手法です。

 このパラグラフで述べている「頭が良い」が、先に述べた「頭の良さ」の定義と呼応していません。これはかなり致命的です。「新たな意味を生み出すコミュニケーション力」と「弁証法的な対話の構造」はどうつながるのでしょうか?
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(2)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する2回目です。

---引用始め---
「いい議論」 と限定をつけたのは、単に議論するだけでは力がつかないからです。ひどい場合には人格攻撃をしたりして関係を破壊します。そのような攻撃的な議論は私の目指すものではありません。武道に型と礼節があるように、議論にも習得しておくべきルールと技術があります。 「発言の内容と人格は切り離す」というルールだけでもみんながわきまえていれば、議論中に不必要に感情的になることはありません。
---引用終わり---

「いい議論」という言葉が、前のパラグラフの要約文とつながっていません。この言葉は、前のパラグラフの最後の文に登場します。前のパラグラフの最後と、次のパラグラフの先頭をつなげるのは、パラグラフを理解していない証拠でです。この形で書かれると、すべての文を読まないとロジックが流れないことになります。正しく書かれた文章は、パラグラフの先頭文だけでロジックが流れます。

 3文目と4文目は、要約文をサポートしていません。話がそれています。ここで述べるべきは、「単に議論するだけでは力がつかない」ことの根拠や具体例です。

---引用始め---
 現代社会で求められる頭の良さは、既存の知識を記憶し再生することのできる学力だけではありません。知識があるからこそ議論の内容が充実するのはたしかです。しかし、お互いの知識や意見、アイディアをうまく絡み合わせて発展させ、新たな意味を生み出すコミュニケーション力こそ、今切実に求められている頭の良さです。
---引用終わり---

 1文目が要約文になっていません。このパラグラフの要約文は最後の文でしょう。最後にポイントを述べるのは、文章の書き方を知らない証拠です。

次回に続く。
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(1)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析していきます。

---引用始め---
いい議論はなぜ頭を良くするのか

 議論を通して頭が良くなってくる。これは私の実感です。議論の経験を重ねたからこそ鍛えられる知力、頭の良さというものがあります。一人で勉強しているだけでは獲得できない頭の良さが、議論を通して身につきます。ただやみくもにトレーニングしていても的確に筋力を身につけることはできません。頭が良くなる議論の仕方を練習することで、着実にスッキリした頭になっていきます。
---引用終わり---

 この書き出しのパラグラフは、総論なのか、各論なのか?

 もし、このパラグラフが総論なら、冗長で抽象的すぎます。1,2,3,5文目は実質同じ内容です。言い換えをして繰り返しているだけです。総論なら、同じことを繰り返す意味はありません。また、4文目については、どんなトレーニングが必要かを具体的に書くべきです。抽象的すぎるので、当たり前に感じるだけです。

 もし、このパラグラフが各論なら、パラグラフの2文目以上が、1文目の要約文をサポートできていません。1文目で「議論を通して頭が良くなってくる」と言った以上、2文目以降では、なぜ頭がよくなるのかの根拠、頭がよくなった具体例を示すべきです。

---続きの引用始め---
 私は大学の教職課程で授業のやり方やディスカッションのやり方を教えることが専門です。 この本で書くようなルールと技術を教え、実践させ続けてきました。その経験から、いい議論こそ頭を目覚めさせ良くする最良のトレーニングだと思うようになりました。
---引用終わり---

 1文目が要約文になっていません。もし、1文目が要約文だと言うのなら、このパラグラフでは大学の指導内容を詳細に説明することになります。

 また、1文目は、前のパラグラフとつながっていません。つながっていないので、突然の話の転換のように感じます。このパラグラフの1文目は、前のパラグラフ1文目とつながっていなければなりません。

 結局、このパラグラフは不要でしょう。前のパラグラフの繰り返しにすぎません。内容的にも、自分の抽象的な感想だけなので、「議論こそ頭を目覚めさせ良くする最良のトレーニング」に説得力がありません。せめて具体例でも挙げてほしいものです。

次回に続く。

M大のS教授の文章
 ある方から、M大のS教授(超有名、下の写真とは無関係)がパラグラフで文章を書けると聞いたので、チェックしてみた。しかし、まったくできていない。

 原文は著作権の関係で表示できないのでポイントだけ。
・パラグラフのトピックセンテンスが、パラグラフのポイントを正しくまとめていない
・パラグラフのトピックセンテンスで意見を述べながら、その根拠は述べていない。根拠を述べないので、パラグラフが1,2文で終わる
・パラグラフをつないでロジックを組む意識がない。だからロジックが破綻している。

 このS教授、文章書き方の本も書いているんだけどね。
習慣は論理に優先する
「習慣は論理に優先する」 このことは、講座の最初で簡単に説明しておく。実社会を生き抜くのに必要な考え方だ。

 書き方が習慣で決まっていれば、その習慣に従うしかない。仮にその習慣が理不尽で納得できないものであっても、論理では覆せない。「この書類はこのフォーマットで提出しする」と決まっているなら、そのフォーマットが理不尽で納得できないものであっても、従うしかない。「これが正しい」と自分一人で異なる書き方をしても、受け取ってもらえないだけだ。

 だから、「もし上司がおかしな書き方をごり押ししてきたら、『習慣は論理に優先する』と考えて受け入れろ」と指導する。そのおかしな書き方は、その上司の管理下というきわめて狭い領域での習慣なのだ。この上司に、「世界標準の書き方は、」と言ってみたところで意味はない。正しい書き方をしても、上司からの承認は得られない。

 あるいは、アカデミックな世界で、おかしな文章が氾濫していても、「それが習慣だ」と考えることにしている。「世界標準の書き方は、」などと喧嘩は売らない。喧嘩を売って論破することは簡単だが、こちらに何のメリットもない。ただ疲れるだけでむなしい。


プロフィール

ロジカルスキル研究所代表

Author:ロジカルスキル研究所代表
ロジカルスキルを企業研修で指導しています。主な講座は、ロジカルライティング、ロジカルネゴシエーション、ディベート、ロジカルプレゼンテーション、英文テクニカルライティングです。

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