Logical Skill の深い話
Logical Skill (特にLogical Writing) について、著書(たとえば、「論理が伝わる世界標準の書く技術」講談社)には書かなかった、より深い話を紹介します。
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習慣は論理に優先する
「習慣は論理に優先する」 このことは、講座の最初で簡単に説明しておく。実社会を生き抜くのに必要な考え方だ。

 書き方が習慣で決まっていれば、その習慣に従うしかない。仮にその習慣が理不尽で納得できないものであっても、論理では覆せない。「この書類はこのフォーマットで提出しする」と決まっているなら、そのフォーマットが理不尽で納得できないものであっても、従うしかない。「これが正しい」と自分一人で異なる書き方をしても、受け取ってもらえないだけだ。

 だから、「もし上司がおかしな書き方をごり押ししてきたら、『習慣は論理に優先する』と考えて受け入れろ」と指導する。そのおかしな書き方は、その上司の管理下というきわめて狭い領域での習慣なのだ。この上司に、「世界標準の書き方は、」と言ってみたところで意味はない。正しい書き方をしても、上司からの承認は得られない。

 あるいは、アカデミックな世界で、おかしな文章が氾濫していても、「それが習慣だ」と考えることにしている。「世界標準の書き方は、」などと喧嘩は売らない。喧嘩を売って論破することは簡単だが、こちらに何のメリットもない。ただ疲れるだけでむなしい。
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隆車に歯向かう蟷螂の斧
 隆車に歯向かう蟷螂の斧。ライティングを指導していると、この言葉を実感して心が折れそうになります。その例をご紹介しましょう。

 ずいぶん昔、学校の先生が集まるような勉強会で、小論文の書き方を紹介したことがあります。テクニカル・ライティングをベースに、論理的な小論文の書き方を紹介しました。その実例として、欧米のアカデミック・ライティングの教科書に載っている例を使いながら説明しました。

 この講座の中で、2つの小論文を読み比べてもらいました。1つは、アカデミック・ライティングの教科書に載っている例を和訳した文章。もう一つは、日本で「小論文の神様」と言われる方の著作に掲載されていたよい例です。読み比べてもらうときには、両方の文章とも、出典は伝えませんでした。出典を示さなかったのは、バイアスのない状態で読んでもらいたかったからです。

 読み比べてもらった結果、アカデミック・ライティングの教科書に載っている例が圧倒的的な支持を得ました。「小論文の神様」のよい例は、罵詈雑言の嵐です。バイアスのない状態で読んでもらえれば、学校の先生なので、よいか悪いかは判断が付くのです。出典を明らかにすると、どよめきが起こりました。「こんな文章をよい文章として崇めていたのか」と。

 この講座に感化されたある先生が、自分の学校で、正しい文章を指導しようとしたそうです。どのような指導をされたのかはわかりません。しかし、従来の書き方は間違っていて、正しい書き方があることを伝えようとしたようです。

 しかし、同僚の先生から、反論が相次いであきらめたとのことです。「小論文の神様」の信者が多いのです。正しいかどうかではありません。多数派(隆車)に勝てないのです。少数の正しい意見(蟷螂=カマキリ)は、多数の間違った意見(隆車)に押しつぶされてしまいます。

 結果、今でも日本人の書く小論文は、非論理的で分かりにくです。欧米との距離は全く縮まっていません。


テクニカル・ライティングを知らなくても…
 2日連続で同じ質問があった。「テクニカル・ライティングに基づく書き方は、テクニカル・ライティングを知らないと効果はないのではないか」という質問である。しかし、そんなことはない。

 この質問が出る背景には、「正しく書けた文章は、パラグラフの先頭文だけでロジックが通る」という説明を頭に置いているのだろう。確かに、パラグラフを正しく使って書けば、パラグラフの先頭文だけでロジックが通る。だから、パラグラフの先頭文だけを読み、必要なパラグラフだけを読むという読み方ができる。しかし、「正しく書けた文章は、パラグラフの先頭文だけでロジックが通る」ことを知らないなら、この読み方はできない。

 しかし、忙しいビジネスパーソンは、文章を効率よく読もうと思っている。文章のすべての部分を、隅から隅までじっくり読んだりはしない。短時間で必要な情報をほしがっている。だから、無駄なところを飛ばして読むのは、ごく普通の行為だ。

 テクニカル・ライティングを知らない人でも、効率よく読もうとすれば、読むべきところは決まっているのだ。まず、文章の最初のパートを読む。いきなり真ん中から読み出す人はいない。飛ばすにしてもランダムには飛ばさない。見出しやキーワードを頼りに飛ばす。さらに、パラグラフの先頭文は読む。パラグラフの真ん中から読み出す人はいない。

 ということは、テクニカル・ライティングに基づけば、テクニカル・ライティングを知らない人でも効率よく情報を入手できる。テクニカル・ライティングに基づけば、文章の最初のパートには、重要な情報がまとめて書いてある。パラグラフの先頭文にはキーワードが含まれているし、そのパラグラフのポイントが書いてある。

 テクニカル・ライティングは、人間の認知心理に基づいているのだ。だから、テクニカル・ライティングを知らなくても、効率よく伝達できるのだ。
最初の10年が人生を決める
 "The most important period of researchers is the first ten years."  ある大手建機会社の研究所の応接室に飾られていた色紙にあった言葉だ。(訳:研究者にとって最も大切な期間は、最初の10年である)

 この言葉に、私は共感する。ただ、研究者に限らず、ビジネスパーソン全員に言えることだと、私は思う。私がフリーランスで生活していけるだけのスキル(その基本)を身につけたのは、社会人になって10年以内だ。ライティングも、論理的思考も、プレゼンテーションも、30代半ばまでは必死に勉強した。基本はこの時期までにできあがっている。

 最初の10年頑張ってしまえば、あとは流れに身を任せるだけだ。特別何もしなくても、周りから依頼だの仕事だのが舞い込む。それをこなしていると、さらに知識やスキルが高まる。そうなると、さらに依頼だの仕事だのが舞い込む。好循環が生まれる。

 最初の10年が、その後の人生を大きく左右する。
聞きかじったルールを何も考えずに振り回すのは危険
 どこかで学んだライティングのルールを、絶対と思い込んではいけない。そのルールの背景をよく考えてから判断すべきだ。

 たとえば、「『言われている』という表現を使うな」と教わることがある。「言われている」という表現では、「誰が言っているのかわからない」という理由だ。確かに、「今回の故障の原因は、部品Aの耐久性の低さにあると言われている」なんて表現なら、「誰の意見なんだ?」という疑問がわくだろう。

 しかし、誰が言っているかを問題にしないなら、「言われている」という表現を使うことは問題ではない。たとえば、「日本人は、議論が下手だといわれています」なら、問題はない。「、議論が下手だ」と言っているのは、世間一般だからだ。この文では、
「世間は、日本人は議論が下手だと言っている」と書く意味はない。むしろ、中心語の「日本人」が文頭に来ないという弊害を生む。

 逆に、「言われている」という表現は、周知の事実なので、論証しなくていいことを表現するのに適している。たとえば、「日本人は、議論が下手だといわれています」なら、暗に、「誰もが認めているように」と述べているのだ。誰もが認めているなら、論証は不要だ。

 これを、別の表現にすると、論証が必要になる。たとえば、「日本人は議論が下手である」と述べてしまうと、これは意見の表明ととられかねない。意見を述べたなら論証しなければならない。つまり根拠を述べなければならなくなる。

 聞きかじったルールを何も考えずに振り回すのは危険だ。


プロフィール

ロジカルスキル研究所代表

Author:ロジカルスキル研究所代表
ロジカルスキルを企業研修で指導しています。主な講座は、ロジカルライティング、ロジカルネゴシエーション、ディベート、ロジカルプレゼンテーション、英文テクニカルライティングです。

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