Logical Skill の深い話
Logical Skill (特にLogical Writing) について、著書(たとえば、「論理が伝わる世界標準の書く技術」講談社)には書かなかった、より深い話を紹介します。
05 | 2018/06 | 07
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

クリティカルシンキング講座の体験報告(4)
 先日、グ〇ービス社のMBAクリティカルシンキング講座を1時間体験してきた。この講座をクリティカルにシンキングする第四弾(最終回)。

 「枠組みで考える」という項目で、講師は「野球の功走守」を例に挙げたが、「功走守」はMECEではない。「功」と「守」でMECEだ。「功」の中が「打」と「走」に分かれるのだ。有名なフレームワークが、必ずしも上手にMECEになっているとは限らない。

 この講師は、クリティカルにシンキングできない。クリティカルシンキングとは、直訳すれば「批判的思考」だ(危機的思考ではない)。つまり、鵜呑みにせず、疑ってかかれということだ。仮に対象が、大学教授の意見だろうが、名著の誉れ高い書物の内容だろうが、有名なフレームワークだろうが。

 私がクリティカルシンキングに本格的に触れたのは、20年前の下図の書物。この本は、当時ディベートを勉強している人たちの間で、相当話題になった。この後、「実践編」が出るのが待ち遠しかったものだ。まあ、「実践編」は、期待が高かっただけに、ちょっと期待外れではあったが。

 ちなみに、私は(極まれだが)著作にサインを求められたとき、サインと一緒に「本に書いてあることを鵜呑みにするな」と書く時がある。

critical thinkinb

スポンサーサイト
クリティカルシンキング講座の体験報告(3)
 先日、グ〇ービス社のMBAクリティカルシンキング講座を1時間体験してきた。この講座をクリティカルにシンキングする第三弾。

 第二学習ポイントの「枠組みで考える(フレームワーク思考)」で、「A事業に進出したい。どんな点を押さえるか?」というテーマが出た。グループワークでの討議となる。

 まず、出題がアバウトすぎて、何を討議すればよいのかわからない。フレームワーク思考の勉強だから、メンバーからはいくつかのフレームワークが示された。何を深めてよいかわからない。
 3C(Customer, Company, Competitor)
 4P(Place, Price, Product, Promotion)
 SWOT分析
 人、モノ、金、(情報)

 ここで、講師が「儲かるか?」以外の視点はないかと指摘してきた。つまり、「儲かるか?」とは別の視点でフレームワークを作れということだ。

 私は、以下の3つの視点を示した。この3視点はいいフレームワークと思う。実際、多くの企業の基本方針は、この3つでできている。
1.お客様のため(=会社利益)
2.社会のため
3.従業員のため

 講師の出してきたフレームワークは以下の3つだった。
1.儲かるか?
2.自社ができるか?
3.自社がやるべきか?

 この答えに私はかなり不満だ。なぜなら「儲かるか?」は「自社ができるか?」を完全に含んでいる。この場合、「儲かるか?」の主語は「当社」に決まっている。「儲かる」=「自社ができる」に決まっている。これではフレームワークにならない。

 講師は、フレームワーク思考を正しく理解しているのか?
それとも、私が何か勘違いしているのか?
クリティカルシンキング講座の体験報告(2)
 先日、グ〇ービス社(この伏字じゃあ、どこだかまるわかりだ)のMBAクリティカルシンキング講座を1時間体験してきた。この講座をクリティカルにシンキングする第二弾。

 この体験講座では、次の3つを学んだ(詳細は省略)。
1.分解して考える(モレなくダブりなく=MECE)
2.枠組みで考える(フレームワーク思考)
3.価値ある解釈をする(データに意味ある解釈をつける)

 気になるのは、この3項目がMECEでもなければ、フレームワークで思考されてもいないことだ。これでは、指導する内容が機能しないことを自己証明してしまう。「この3項目を勉強しても、実践では使わないよ」といっているのと同じだ。この3項目が重要なら、なぜこの講座は、この3項目をベースに組み立てられていないのだろう。

 同様のことは、多くの講座やビジネス書で見受けられる。たとえば、私の専門であるライティングでは以下のようなことがよくある。
 ・「ポイントを先に書く」と指導している本のポイントが前に書いていない
 ・「起承転結で書く」と指導している本が起承転結に書かれていない
 ・「例を挙げずに理屈を述べるな」と指導している本が、根拠も事例も挙げず主張している

 では、どう改善すればよいか? 自分なりの改善案を示そう。

 クリティカルシンキングをMECEに定義した上で、各要素ごとに代表例を取り出すのだ。たとえば、クリティカルシンキングは、AとBとCができている状態(このA、B、CがMECE)と定義する。ここで、Aからは代表的な考え方としてaを、Bからはbを、Cからはcを取り出して説明する。a,b,cはMECEになっていないが、おおもとがMECEだから、論理的な説明にはなる。

 より具体的には、私は、論理的であることを、「ロジック構築とロジック論証が正しくなされている状態」と定義している。ロジック構築とは、ロジック構成要素を縦と横で正しく接続することである。ロジック論証とは、ロジック構成要素が十分に論証されていることである。(これ以上の詳細はここでは省略)

 こう定義した上で、定義と指導項目を以下のように関連づける。
・ロジック構築の縦接続 → (今回の講座では学習項目がない)
・ロジック構築の横接続 → MECEやフレームワーク
・ロジック論証 → 価値ある解釈をする

 論理的であることの定義の正誤は別として、このように構成されていれば、論理性が生じる。逆に、このような説明ができないなら、大して重要でもないことを指導している可能性も否定できない。
クリティカルシンキング講座の体験報告(1)
 先日、グ〇ービス社(この伏字じゃあ、どこだかまるわかりだ)のMBAクリティカルシンキング講座を1時間体験してきた。色々感じることがあるが、今日はグループワークについて。

 この会社は、講義でグループワークを重視している。そのホームページにも、次のような記載がある。
「グロービスの授業では、グループディスカッションや相互フィー ドバック、クラス全体でのディスカッションを通じて、自分の思考プロセスを客観的に振り返る機会が数多く設けられています。」

 私の研修でも、グループワークが効果的と思うときは、グループワークを使う。たとえば、以下のような場合。
 ・ディベートやネゴシエーションのように、一人ではできない演習
 ・正解のない問題を検討するのにあたり、ほかの人の切り口が参考になる場合

 しかし、今回の講座のグループワーク:「メンバーで共通することを5つ見つけてください」がどうにも理解できない。なんだこのテーマ?このテーマをグループで話し合う意図がわからない。答えは「目が二つある」でもいいのか?ちなみに、このグループワークはアイスブレークではない。すでに、アイスブレークを兼ねた自己紹介などは終わっている。案の定、「日本人」とか、どうしていいのかわからない答えが出てくる。クリティカルシンキング講座なのに、この非論理性は何?

 さらに次のテーマが、「共通する項目をブレークダウンして、より具体的な項目を見つけ出してください」は無理。このテーマの意図は、「全員が酒好き」という共通する項目を見つけたら、さらに「全員がビール好き」のようにブレークダウンしてほしいらしい。しかし、メンバー全員が同じはそう簡単ではない。結局、全グループが1つとしてブレークダウンできなかった。

 結局、このグループワークの意図は、受講者には全く伝わらなかった。講師は、「抽象から具象、具象から抽象に、自由に発想を行き来できることが、クリティカルシンキングでは大事」ということを言おうとしたかったらしい。しかし、このグループワークでは、そんなことは理解できなかった。いや、そもそも、「抽象から具象、具象から抽象に、自由に発想を行き来できることが、クリティカルシンキングでは大事」ということを伝えようとしていたことすら、受講者は気が付かなかったろう。なにしろ、このまとめは、テキストにもスライドにも登場しない。私が、「ペン先から煙が出る速度で」ノートをとっていたから、メモできたのだ。

 なぜ、こんなバカな講義が行われるかというと、講師が未熟だからだ。この会社の講義は、教科ごとにテキストは決まっていて、複数の講師が担当する。講師は、その教科を少し勉強しただけで、人が作ったテキストとプログラムに基づいて講義を行う。まあ、業界でいう「しゃべくり講師」だ。話し方は上手でも、教科に関するスキルは浅い。このテーマでグループワークをすると決まっているので、意味があるかは思考せずに、ただグループワークをやっているのだ。

 オープニングからいきなり、「なんだこれ?」と思いつつ、次回に続く。
どう質問すれば、相手を窮地に追い込めるか(2)
 日大アメフト部の問題。この手のニュースを見ると、私は、「どう質問すれば、相手を窮地に追い込めるか」を考えてしまう。ディベートにおける尋問の練習だ。

 相手を窮地に追い込む質問方法は2つある。
1.相手から事実(と主張すること)だけを複数聞き出し、その事実の矛盾を指摘する
2.誘導尋問で、YESともNOとも言えなくする

 今日は、上記2の話。

 普通に質問すればNOと答える質問を、YESと答えるように誘導する手法である。裁判では使えまない。裁判で使うと、相手の弁護士が「異議あり。誘導尋問です」と裁判長に主張し、裁判長は「異議を認めます」と述べて、質疑が無効となる。しかし、ディベート競技や日常では有効。

 今回のアメフトの事件で、以下のような質問が考えられる。

質問:「宮川選手は、試合前の数日間、全体練習から外されていましたね」
監督:「はい」
質問:「宮川選手を全体練習から外したのは、練習に覇気を感じなかったからですね」
監督:「はい」
質問:「でも、試合当日、宮川選手を1プレー目から使いましたね。」
監督:「はい」
質問:「宮川選手を1プレー目から使ったのは、当日の彼の言動に覇気を感じたからですね。」
監督:「はい」
質問:「そこで、1プレー目からQBを潰すような気持ちでいけと送り出したのですね。」
監督:「はい」
質問:「相手QBがパスを投げた後、ボールを見ていて、宮川選手を見ていなかったのですね」
監督:「はい」
質問:「その後、宮川選手のタックルで、相手QBが怪我したことを知ったのですね。」
監督:「はい」
質問:「1プレー目の後、宮川選手に指示も出していないし交代もしていませんね。」
監督:「はい」
質問:「つまり、相手QBがパスを投げた後、ケガするほどのタックルをすることを、覇気のあるプレーとしてみなしたのですね」
監督:「…」

この尋問のコツは、次の3つにある。
1.「はい」としか答えようのない質問をする
2.質問は、可能な限りスモールステップを踏む
3.最後に、これまで認めたことを使った質問をする

 まあ、これでうまくいくとは限らないが、あくまでディベートの尋問のトレーニングと思ってください。
どう質問すれば、相手を窮地に追い込めるか(1)
 日大アメフト部の問題。この手のニュースを見ると、私は、「どう質問すれば、相手を窮地に追い込めるか」を考えてしまう。ディベートにおける尋問の練習だ。

 相手を窮地に追い込む質問方法は2つある。
1.相手から事実(と主張すること)だけを複数聞き出し、その事実の矛盾を指摘する
2.誘導尋問で、YESともNOとも言えなくする

 今日は、上記1の話。

 嘘をつけば、必ず矛盾が生じるので、そこを指摘する手法である。たとえば、「あなたはAの後、Bをしたとおっしゃったけど、Aしてしまうと〇〇になるから、Bはできないでしょ」のように。裁判において弁護士が使う手法とも聞いている。

 今回のアメフトの事件で、日大監督は、「ボールを見ていて、関学大のQBがタックルを受けた瞬間は見ていない」と述べているようだ。そこで、以下のような質問が考えられる。

質問:「パスを投げるまでは、関学大のQBを見ていましたか?」
監督:「はい」
質問:「QBがパスを投げた後、そのボールを目で追ったのですね?」
監督:「はい」
質問:「パスがインコンプーリート(不成功)になるのを見ましたか?」
監督:「はい」
質問:「その後、QBの方を見たけど、すでにタックルを受けた後だったのですね。」
監督:「はい」
質問:「パスがインコンプーリートになるまでボールを見ていたので、タックルの瞬間を見ていないのですね?」
監督:「はい」
質問:「パスがインコンプーリートになってからQBがタックルを受けるまでは、ビデオによると1秒以上ありますが、その間、なぜインコンプリートになってグランドに転がっているボールを見ていたのですか?」
監督:「…」

この尋問のコツは、次の3つにある。
1.相手には、可能な限り「はい」としか答えさせない
2.とどめの質問をする前に、もう一度、事実を確認する(このケースなら「パスがインコンプーリートになるまでボールを見ていたので、タックルの瞬間を見ていないのですね?」と念押しをする)
3.矛盾点を最後に示す(途中でにおわせない)

 まあ、これでうまくいくとは限らないが、あくまでディベートの尋問のトレーニングと思ってください。
価値観は議論してはならない
 価値観を議論してはいけません。価値観は認め合うしかないのです。議論が価値観に及び始めたら、議論をやめるべきです。

 価値観は議論の対象としては不向きです。なぜなら、価値観は論理ではないから。たとえば、「ビールは苦いから嫌い」と思う人に、どんなに理屈を費やしても、「ビールは苦いから美味しい」には変えられません。だから、好きか嫌いかのような価値観は、理屈で議論してはいけないのです。

 ディベートでも、価値論題は上級者しか扱いません。たとえば、「ペットは幸せか」という論題は避けられるのが一般的です。なぜなら、「幸せ」という価値観は理屈ではないからです。贅沢できるのが幸せか、〇〇できるのが幸せかは、理屈ではありません。その人の価値観です。議論の対象には向きません。

 価値観を議論し始めると、喧嘩になりやすいです。価値観は議論で変わったりすることはありません。まして、その価値観が、好き嫌いではなく、心のよりどころや信条だったりすれば、議論で変わるはずもありません。心のよりどころや信条に反対されると、喧嘩になります。だから、雑談においても、宗教や政治の話はするなといわれます。心のよりどころや信条にかかわるからです。

 価値観は受け入れるしかありません。「ああ、この人はこういう人なんだ」と受け入れるのです。受け入れた上でつきあうのです。たとえば、LGBTの人は、大勢の人とは異なる価値観を持っているだけです。その価値観は、議論するのではなく、受け入れるのです。

 では、その価値観を受け入れられないときは … その場を去るのです。その人が配偶者や兄弟なら、うやむやにして別の部屋で別のことを始めるのです。その人が、友人や仕事関係の人なら、距離を置くということです。議論してはいけません。

 だから私は、結婚相手を選ぶときに最も重視すべきことはと聞かれれば、「価値観」と答えます。
ロジカルライティングの演習問題をkindle本で出版
 amazonからkindle本(電子書籍)を出版しました。昔で言う自費出版の電子版です。
ロジカル・ライティング 総合演習 No.1:

 内容は、 amazonからkindle本(電子書籍)を出版しました。昔で言う自費出版の電子版ですね。amazonからは購入できる状態になったとの連絡が来ましたが、まだ検索には掛からないようです。

 内容は、ロジカルライティングの演習問題と解答、解説です。この演習問題は、整理できていない情報を元に、レポートを0から書くのでかなり難しいです。真剣に取り組めば2時間以上は掛かるでしょう。

 紙の本ではなく電子書籍にしたのは、紙で売っても売れないからです。1題が2時間以上は掛かる演習問題集が売れるわけはありません。売れないこと自体は私はかまわないのですが、出版社に迷惑が掛かります。電子書籍なら、販売数が0でもたいした問題ではありません。

 ターゲットは、私の講座を受講したり、著作を読んだりした人で、真剣にスキルを身につけたいと思う人です。整理できていない情報を元にレポートを書くという、実際のビジネスの現場を再現する演習だから力が付きます。しかし、こういう演習は、よそでは手に入りません。そこで、電子書籍なら、必要と思う人に届けられると考えたわけです。

 今回出版した本には、演習問題が1題だけです。とはいえ、出題、解答、解説で15,000字ぐらいはあります。字数から判断して、200円としました。

 今後は、このシリーズで何冊(1冊1題)も出版したいと思っています。売れる売れないではなく、自分の生きた爪痕を残すような意味合いです。できれば、ロジカル・プレゼンテーションシリーズも、同様に出版したい。

 最初は勝手が分からないので時間が掛かりました。今後は加速していきたいとは思っています。仕事のないこの時期に、どうしてもやっておきたかった仕事が1つ片付きました。と解答、解説です。この演習問題は、整理できていない情報を元に、レポートを0から書くのでかなり難しいです。真剣に取り組めば2時間以上は掛かるでしょう。

 紙の本ではなく電子書籍にしたのは、紙で売っても売れないからです。1題が2時間以上は掛かる演習問題集が売れるわけはありません。売れないこと自体は私はかまわないのですが、出版社に迷惑が掛かります。電子書籍なら、販売数が0でもたいした問題ではありません。

 ターゲットは、私の講座を受講したり、著作を読んだりした人で、真剣にスキルを身につけたいと思う人です。整理できていない情報を元にレポートを書くという、実際のビジネスの現場を再現する演習だから力が付きます。しかし、こういう演習は、よそでは手に入りません。そこで、電子書籍なら、必要と思う人に届けられると考えたわけです。

 今回出版した本には、演習問題が1題だけです。とはいえ、出題、解答、解説で15,000字ぐらいはあります。字数から判断して、200円としました。

 今後は、このシリーズで何冊(1冊1題)も出版したいと思っています。売れる売れないではなく、自分の生きた爪痕を残すような意味合いです。できれば、ロジカル・プレゼンテーションシリーズも、同様に出版したい。 最初は勝手が分からないので時間が掛かりました。今後は加速していきたいとは思っています。
プレゼンテーションの改善 その2
 昨日、早稲田大学エクステンション講座「12時間で学ぶMBAエッセンス」をテーマに、2枚のスライドの問題点を指摘した。そこで、今日はその改善策を示す。

 まず、「人材マネイジメント」の定義を考え直す。思考のポイントは、昨日指摘したように「管理」と「戦略に適合した組織を構築すること」の関係だ。さらに、この定義が、この後に続く5つの視点や2つのアプローチとつながっていなければならないということだ。「人材マネイジメント」の定義と、その後に続く説明がばらばらでは論理性を欠く。

 そこで、「人材マネイジメント」の定義を「中長期の戦略を実現する力を有する社員を育成すること、および、その社員が力を発揮できる組織を構築すること」とした。まず、「管理」=「戦略に適合した組織を構築すること」ととらえた、なぜなら、昨日説明したように、そうとらえないと説明に無理が生じるからだ。次に、「管理」という抽象的な表現ではなく、「戦略に適合した組織を構築する」というより具体的な表現を使った。ちなみに「採用」は削除した。なぜなら、このあと「採用」の話はほとんど出てこないからだ。

 この「人材マネイジメント」の定義の中に、5つの視点と2つのアプローチにつながる内容を織り込んだ。社員の育成は、「仕事を進めていく過程ごとに」として、このあとの5つの視点につなげる。組織の構築は、「制度と感情の両面で」として、同じく2つのアプローチへとつなぐ。後ろの説明との明確な接続が論理性を生む。

 補足として、「人材マネイジメント」の注意点を加えておいた。この注意点は、授業ノートでメモした内容と、オリジナルのスライドに書かれていた内容だ。2つの注意点にも関係性を持たせてある。「労働市場の流動化や社会構造の変化も考慮」だけでは、何に対しての注意か分からないから。

 次のスライドの5つの視点を説明する上で大事なのは、この5つがモレもないダブりもない(MECE)であることを示すことだ。業務は、目標設定→業務遂行→成果評価→次の仕事というプロセスの繰り返しだ。そこで、先のスライドで述べたように「仕事を進めていく過程ごとに」に視点を設ければMECEとなる。ここに私生活を絡めれば、WLBも織り込める。5つの視点の右側には、考慮すべきポイントを、可能な限り並列感が出るよう示した。

 次のスライドの2つのアプローチの説明でも、大事なことはMECEであることを示すことだ。オリジナルのスライドのように、「組織設計と社員の動機付け」ではMECE感はまるでない。そこで、Hardware(制度)とSoftware(感情)とすることで、すこしはMECE感が出る。十分とは言えないが、オリジナルよりかなりましだ。

 ちなみに「人材マネイジメント」の歴史上、組織設計→動機付けという流れになっている。このことは、「ホーソンの実験」という話で、講義中に説明がある(授業ノートに書いてある)。そのこともおまけとして付け加えておいた。

 あとは、2つのアプローチの説明を揃える。つまり、箇条書きの大項目から小項目に行くに従って、両アプローチともブレークダウンする。オリジナルのスライドでは、「動議付け」という言葉が重複している。正しくブレークダウンすれば、このような重複は生じない。

 「人材マネイジメント」の定義と、5つの視点と2つのアプローチがつながっていることも明示的に示す。5つの視点と2つのアプローチのスライドでは、先頭で「〇〇するために」と、「人材マネイジメント」の定義をしたスライドで使用した言葉を使っている。スライド間の接続は、このように明示しなければならない。内容か読み取らせようとしても、読み取れない聴衆が必ずいる。

 このあと説明は、「まとめノート」のトライアルで使った「組織における重大3要素」へとつながるのだが、この接続が苦しい。つまり、「人材マネイジメント」の定義と、5つの視点と2つのアプローチはつながっているのだが、これに続けて「組織における重大3要素」を説明する流れが作れない。今のところ改善策も私の頭には浮かばない。

 論理的な説明なら、このあとは「人材マネイジメント」の方法を、5つの視点ごとに、2つのアプローチをはっきり意識して説明することになる。そうでないなら、何のために5つの視点や2つのアプローチを示したのか分からない。「人材マネイジメントには、5つの視点と2つのアプローチがあります。ところで、話は変わりますが人材マネイジメントでは」では、論理性もへったくれもない。

 しかし、実際の講義では、このあとの説明で、5つの視点も2つのアプローチも明示的に登場しない。やれやれ。

MBA_改1


MBA_改2


MBA_改3

プレゼンテーションの改善 その1
 先日、早稲田大学エクステンション講座「12時間で学ぶMBAエッセンス」をテーマに「まとめノート」作成のトライアルをしてみた。こうやって「まとめノート」を作成しようとすると、オリジナル講義の論理的な問題点がたくさん目に付く。そこで、今日は、この問題点を洗い出してみよう。

 ターゲットは、下記に示す2枚のスライド。「12時間で学ぶMBAエッセンス」の中から「人材マネイジメント」という科目における、最初の2枚だ。この2枚は、先日「まとめノート」のトライアルをした「組織とは」というスライドの直前に位置する。

<1枚目>

 まず、1文目にある人材マネイジメントの定義がダメだ。「人材マネイジメントとは…管理する」では、循環定義だ。循環定義とは、ある概念を定義するためにその概念自体(=定義しようとしている言葉)を用いることだ。「マネイジメント」=「管理」だろ。英語を日本語にしただけで循環している。そもそも、「人材マネイジメントとは…管理する」では、日本語になっていない。

 さらに、「採用」「育成」は分かるとして、「管理」がそもそどんな行為を指しているのか分からない。「管理」とは何かを考えていくと、すぐ下に「人材を採用・育成しつつ、戦略に適合した組織を構築する」とある。ということは、「管理」とは「戦略に適合した組織を構築する」ことか?もし、「管理」=「戦略に適合した組織を構築すること」なら、なぜ、同じことを繰り返しているのか?もし「管理」≠「戦略に適合した組織を構築すること」なら、この2つの文で整合が取れない。どちらにしても論理性に欠ける。

 また、「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」も唐突で論理性に欠ける。ここに書かれた人材マネイジメントの定義から、なぜ、「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」と言えるのか?根拠もなしに、「人材マネイジメントでは、組織設計と社員の動機付けを考える」と言われても、「はいそうですか」とは思えない。

 さらに、その後の「人材マネジメントを考える5つの視点」も唐突で論理性に欠ける。この5つの視点はどこから導き出されたのか?先に述べた「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」と関係はあるのか?関係があるなら、その関係を示さなければならない。関係がないなら非論理的だ。

 また、この5つの視点はモレもなくダブりもない(MECE)と言えるのか?6つ目の視点はないのか?ないなら、なぜないと言えるのか?

<2枚目>
 この2つのアプローチも唐突だ。1枚目に述べた「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」につながっていることは分かる。しかし、そもそも「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」が唐突なだけに、2つのアプローチを説明されても、「この2つのアプローチが重要だ」とは思えない。

 また、この2つのアプローチはMECEと言えるのか?3つ目のアプローチはないのか?ないなら、なぜないと言えるのか?

 さらに、言葉の使い方もいい加減だ。1枚目では「目的」となっていたことが、2枚目では「目標」となっている。同じことを指していると思われるが、言葉を変えてはいけない。そもそも別科目で目的と目標は異なると学習している。言葉の使い方という意味では他にも、「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」と言ったのに、2枚目のスライドは、「構造アプローチ」と「動機づけアプローチ」となっている。「戦略に沿った組織設計と社員の動機付けを考える」を受けて、「構造アプローチ」ではなく「組織設計アプローチ」とすべきだ。さらに、「動機づけアプローチ」を右にたどると、「欲求動機の高揚を考える」と、ただの繰り返しになっている。ここは、「構造アプローチ」の右の説明が「組織設計を考える」とあるように、「動機づけアプローチ」の右の説明は、「動機づけアプローチ」をブレークダウンしなければならない。

 わずか2枚のスライドだが、このように論理的に分析していくと、論理的な問題が山ほど見つかる。そこで改善だが、それは次回。

MBA_org2.jpg


MBA_org3.jpg

「まとめノート」のトライアル その4
 この1枚のスライド(上図)だけで、突っ込みどころは満載だ。

 まず、チェスター・バーナードの紹介は、最初に述べることではない。受講者が知りたいのは3つの要素が何かだ。あるいはその元になる情報だ。3つの要素が誰の提案かはどうでもよい。少なくともビジネスの世界なら。出典がチェスター・バーナードの幸福論であることは、スライド内の端に小さく書いてあれさえすればよい情報だ。

 次に、3つの要素の妥当性が理解できない。この3つは、どこからどんな根拠で導き出されたのか?4つ目はないのか?根拠もなしに「この3つです」と言われて、「ああそうか」とは思えない。

 さらに、「組織の生誕」も唐突だ。3つの要素とどうつながっているのか?なぜ、ここで組織の生誕の話をしなければならないのか?これも表面的にはわからない。

 しかし、スライドをよく見ると、3つの要素と組織の生誕との関係を紐解くヒントが見える。3つの要素の2番目「貢献(協働)意欲」と、「組織の生誕」で赤字でハイライトされている「協働によって」とに同じキーワード「協働」がある。ということは、3つの要素と「組織の生誕」には論理的な接続関係がありそうだと。

 そこで、3つの要素と組織の生誕との関係を考えると、以下のように考えられる。
要素1:意識的に調整された体系 → 共通の目的
要素2:協働によって → 貢献(協働)意欲
要素3:? → コミュニケーション

 こう考えると、要素3に対応する「組織の生誕」がない。そこで、教科書の該当部分を読む。分からないことは、教科書側を参考にする。それでも分からない場合は、他の参考書やWEBを参考にすることになるが、その段階で教科書が教科書の役割を担っていない。

 この抜けている情報が教科書には記載があった。教科書には次のように記載(「組織論」の翻訳引用)されている。
「人間が個人として達成できないことを他の人々との協働によって達成しようとした時に、組織が生まれる。したがって、組織は2人以上の人々の意識的に調整された活動や諸力の体系である。」

 教科書の記載をベースに、3つの要素と組織の生誕との関係を考えると、以下のように考えられる。
要素1:個人として達成できないこと → 共通の目的
要素2:人々との協働によって → 貢献(協働)意欲
要素3:意識的に調整された活動や諸力 → コミュニケーション

 この、3つの要素と組織の生誕との関係を、講師は理解できていない。だから「組織の生誕」の説明がいい加減なのだ。説明の順もおかしい。「組織の生誕」の説明から3つの要素の説明というように、縦の接続関係を明示すべきだ。

 理解できていないのは、引用元の「組織論」の翻訳で、キーワードの使い方が不十分だからだ。私なら、「組織論」の該当部分を以下のように述べる。これなら3つの要素との関係も明確だ。(講義では「組織論」の翻訳引用なので、この部分を自分の言葉に修正はできない)
「組織とは、個人では達成できないことを他の人々と共通の目的として掲げ、その目的を他の人々と協働によって達成しようと、2人以上の人々とのコミュニケーションで調整された活動の体系である。」

 次に3要素の補足説明もバラバラで論理性に欠ける。
要素1:共通の目的 → 何を目指しているのか(ビジョン) を明確にする。
 (「共通の目的」に「明確にする」という動詞をつけただけの説明)
要素2:貢献(協働)意欲 → ビジョンを浸透させることで、貢献意欲を引き出す。
 (「貢献意欲」に「引き出す」という動詞を加えた上で、「ビジョンを浸透」という手段が書かれている)
要素3:コミュニケーション → フラットな組織等によって自由関達な組織を作る。
 (「コミュニケーション」には動詞が加えられておらず、手段だけが書かれている)

 この説明は揃えるべきだ。まあ、下記の改善例(左下図)でも完全にはそろっていないが、オリジナルよりはかなりまし。
要素1:共通の目的 → 明確すると、社員がまとまる
要素2:貢献(協働)意欲 → 浸透させると、自分は何ができるかを自発的に考える
要素3:コミュニケーション → 組織をフラットにすると、アイデアが生まれる

 ここで私は、「ビジョンを浸透させることで、貢献意欲を引き出す」に疑問が湧いた。なぜ、ビジョンを浸透させることで、貢献意欲が高まるのか?本当に、ビジョンを浸透させることで、貢献意欲が高まるのか?現実のビジネスの場では、ビジョンが明確であろうが、なかろうが、自分のやるべきことは決まっている。例えば、自社の製品やサービスを多く売ろうとか、他社より優れた製品を安い原価で製造しようとか。ビジョンが明確になったからといって、その行動が変わることはない。

 この疑問は、授業ノートに既に書いてある。授業を受けながら抱いた疑問だ。教科書読んでも疑問は解決しないので、「まとめノート」にも疑問のまま書く。これが学校な後日質問する(まあ、納得のいく回答は得られないだろうが)。

 3つの要素と組織の生誕との関係は論理的にはなったが、しかしこの論理性も、チェスター・バーナードの組織に対する定義の妥当性が前提だ。そもそも、「組織とはそんなものではない」とか、「組織にはもっと重要な役割がある」と言われてしまったら、チェスター・バーナードの組織に対する定義に基づく3つの要素は成立しない。チェスター・バーナードの定義の妥当性を検証する必要がある。しかし、講義でも教科書でもその検証はない。

というように、わずか1枚のスライドでも、考えるべきことは山ほどある。

MBA_org1.jpg


MBA_note1.jpg

「まとめノート」のトライアル その3
 早稲田大学エクステンション講座「12時間で学ぶMBAエッセンス」の「まとめノート」作成をトライアルしています。PowerPointを使った「まとめノート」作成を考えてみました。

 私が学生時代、「まとめノート」は完全に手書きでした。まあ、ワープロもない時代ですから。手で書き写しながらまとめていたのです。ですから、相当な時間が掛かります。

 今の時代、さすがに手書きはないので、まず考えたのはMS-WORDです。「まとめノート」の元になる教科書も配付資料も、スキャナで電子化すれば、教科書も図表もコピペできます。授業ノートの内容を書き足すのも楽です。

 しかし、教科書が「まとめノート」の元にならないことが分かったので、MS-WORDではなくPowerPointの使用を考えました。「まとめノート」の元が配付資料(PowerPointのスライドコピー)だからです。配付資料のポイントをPowerPointで表現し、ノートペインに教科書や授業ノートの内容を書き加えようと思ったのです。

 前提として、教科書と配付資料の電子化が済んでいること。いずれも、すべてのページをスキャナでpdfに落とし、OCRで文字は電子化してあること。pdf内の図表を切り出せる環境を持っていること。

 で、できたのが下の図。3枚の内、上は講師の配った配付資料から作成、真ん中は「まとめノート」PowerPointの画面。下はその印刷イメージ。

 配付資料では、ポイントが整理できていないので、整理し直しています。ポイントをスライドペインで整理し、ノートペインには教科書からの引用と授業ノートからタイプした情報を記載しています。教科書と授業ノートを区別するために、授業ノートからの情報はイタリックにしてあります。印刷時は色でも差を加えています。

 配付資料を、なぜこうまとめたかは次回。

MBA_org1.jpg


MBA_note1.jpg


MBA_note2.jpg

「まとめノート」のトライアル その2
 早稲田大学エクステンション講座「12時間で学ぶMBAエッセンス」を受講したので、「まとめノート」の効果的な作り方を考えてみたい。

 ベースとすべきは、やはり教科書だろう。教科書に書かれている内容から、エッセンスを学んだのだから。教科書から講義で振れた部分を、配付資料を参考にまとめ、授業ノートで補足すればよいだろう。まずはそう考えた。

 しかし、この教科書が分かりづらい。実は、オリエンテーションでは教科書を前もって読んでおくと理解が深まることは告げられていた。しかし、私は予習を半分あきらめた。なぜなら、教科書の説明が分かりにくくて、予習に時間が掛かりすぎるからだ。ビジネスパーソンだと、1.5時間の講義に、数時間の予習は厳しい。

 教科書が分かりづらいのは、読み込まないとポイントが分からないからだ。なぜそうなっているかと言えば、文章に総論がないからだ。パラグラフにトピックセンテンスがないからだ。あるいは、1つのパラグラフで複数のポイントを述べているからだ。ライティングの基本をまるで知らない。

 たとえば、教科書の「オペレーション・マネジメント」の項目を参考に説明しよう(下図参照)。「オペレーション・マネジメントとは」とタイトルの付いたこの項目は、「まず、オペレーションズ・マネジメント(OPM : Operations Management)
そのものについて説明していこう。」と始まる。アホか!「オペレーション・マネジメントとは」とタイトルが付いているところで、オペレーションズ・マネジメントを説明するのは当たり前だ。筆者は読者を馬鹿にしているのか!ここでまず書くべきことは、「オペレーション・マネジメントとは何か」だ。この肝心なことは、このパラグラフの最後の方に書いてある。ここまで読み込んで初めて、「オペレーション・マネジメントとは何か」がわかる。全部読んで、大事なポイントを見つけ出さなければならない文章だ。

 この講座では、コミュニケーション能力の重要性を述べているのに、講師ができていない。この講座の「人材マネイジメント」では、下図のような概念図で、コミュニケーション能力の重要性を述べている。しかし、講師の書いた本は読みにくいし、プレゼンテーションもポイントがわかりずらい。MBAでは、コミュニケーション能力の重要性を学んでも、そのスキルは学ばない。なんだかなあ(まあ、アメリカなら学部で既に勉強済みなのだが)。

 というわけで、教科書を中心に置くのは時間が掛かりすぎて非効率的だ。別の手法を考えることにする。

MBA_text.jpg



MBA_communication.jpg

「まとめノート」のトライアル その1
 早稲田大学エクステンション講座「12時間で学ぶMBAエッセンス」を受講したので、試しに「まとめノート」を作ってみようかと思う。

 前にも書いたことだが、あらためて記す。「ノートをとる」というノートには、「授業ノート」と「まとめノート」の2種類ある。この2つを混同してはならない。

 「授業ノート」では、講義内容の細部をメモするのであって、まとめをするのではない。細部、つまり具体例などをメモするのだ。まとめは、テキストなどに書いてあるのだから、授業中にメモする意味はない。だから、黒板(ホワイトボード)に書かれたことを中心にメモするのではない。少しでも重要と思うことはすべて書くのだ。何が本当に重要かは、受講中には十分判断できないこともある。だから、細かいことまで書くのだ。そこで、「ペン先から煙の出る速度」でノートを取るのだ。

 まとめを書くのは、授業後に作成する「まとめノート」だ。細部をメモした「授業ノート」とテキストを使って、自分がマスターすべきことをまとめていくのだ。『東大合格生のノートはかならず美しい』という本で言うノートとは、「まとめノート」だ。「授業ノート」は、「ペン先から煙の出る速度」で書くのだから、美しいはずがない。

 この「まとめノート」、どうすれば効率よく作れるだろう。「まとめノート」を作るのに使うのが、教科書、配付資料、「授業ノート」だ(下記の写真)。昔なら「まとめノート」はすべて手書きだ。しかし、今、教科書、講義配付資料は電子化できる。図は画像でコピペできるし、文字はOCRで認識できる。「まとめノート」を効率よく作る方法を考えていこう。

 ということで、次回に続く。


社説は、論理的な文章ではない
 社説は、論理的な文章ではありません。したがって、小論文の見本にはなりません。社説は、著作権上、学術や研究などを目的とするなら自由に活用できます。

 社説が論理的ではない最大の理由は、主張に対する根拠が希薄だからです。例えば、読売新聞の社説(2018.3.24)で、アメリカの保護主義政策について、「米政府は貿易摩擦が本格化する前に、強硬な措置の弊害の大きさを理解すべきである」と述べていますが、根拠は書かれていません。どのような大きな弊害を生むのか、その深刻さについての説明はありません。単に、一部の商品が米国輸出に対する競争力が低下するだけかもしれません。主張を述べた以上、「なるほどそうだ」と感じる根拠が必要です。その根拠は、具体的に詳しく説明するために4文以上は必要です。

 社説が論理的ではないもう一つの理由は、ロジックが読み取れないからです。ロジックが読み取れないのは、1,2文の小さなブロックをたくさん集めて書いているからです。1,2文で改行しているので、一つの論理構成単位が、複数のブロックに分かれています。そのため、論理構成単位が不明確です。さらに、このブロックがたくさんあるために、頭の中で整理できません。理解しやすくするには、人間の短期メモリに記憶できる7±2に、論理構成単位を抑えなければなりません。

 社説は論理的ではないので、小論文の見本にはなりませんが、読み物としての価値はあります。つまり、社説はエッセーに近いです。社説の大きな目的は、わかりやすい文章で、時事問題をポイントを紹介することです。主張は、おまけにすぎません。おまけに過ぎないので、述べるまでもない当たり前の主張が多くなります。当たり前の主張なので根拠も希薄になりがちです。

 社説は、著作権上、報道、学術、研究など社会公共目的に沿って自由利用できます。なぜ著作権上認められているかというと、民主的な社会の維持とその発展のためには、新聞が必要な情報や意見をできるだけ広く国民大衆に伝達することが必要だからです。このことについては、一般社団法人日本新聞協会の「新聞著作権に関する日本新聞協会編集委員会の見解」(http://www.pressnet.or.jp/statement/report/780511_87.html)記載があります。なので、新聞社各社の社説を転載したサイト(http://www.geocities.jp/ktaro38/)もあります。

 私が新聞の社説を書き直しすることがあるのは、論理的ではない文章で、著作権的に問題が生じにくいからです。書き直しすると言っても、書き直した文章を新聞に載せろという意味ではありません。社説はある意味読み物ですから、論理性最優先で書く必要はありません。著作権の問題も、私の認識上問題ないだけで、厳密な法律上はわかりません。学術や研究目的のために、使わせていただいているということで、新聞社にはご理解いただきたいです。
箇条書きは、「等価」の印象を与えるので注意が必要
 箇条書きは読みやすいので、並列した情報を表示するとき、ビジネス文章にはよく使われます。しかし、箇条書きは、「並列した情報に大きな重要性の差が無い」という先入観を読み手に与えることがあるので注意が必要です。

 たとえば、以下のような書き出しで始まる文章を例に考えてみましょう。
『本モジュールは、A,B,Cの3つのサブモジュールで構成されています。
 A:(Aの簡単な説明)
 B:(Bの簡単な説明)
 C:(Cの簡単な説明)』

 このとき、読み手は以下のようなことを無意識に予想して、この後の文章を読むはずです。
・このあとは、A,B,Cの3つのサブモジュールを、より詳しく説明する
・A,B,Cをこの順番で説明する
・A,B,Cは、おおむね同じような位置づけ(重要性)である

 このとき、並列した情報に大きな差があると、読み手の予想が崩れます。たとえば、上記の例で、Aサブモジュールは、数ページに及ぶ説明が書かれていたとしましょう。一方、B,Cサブモジュールの説明が数行で終わっていたらどうでしょう。読み手は、「あれ?」という印象を持つはずです。

 読み手の予想を裏切らないためには、次のような説明が必要です。
『本モジュールは、3つのサブモジュール、特にAサブモジュールを中心にで構成されています。
 A:(Aの簡単な説明)
このメインであるAサブモジュール以外に、B,Cサブモジュールもあります。
 B:(Bの簡単な説明)
 C:(Cの簡単な説明)』

 箇条書きのような羅列は、読み手に「等価」の印象を与えることがあるので、注意が必要です。
Google翻訳での注意点
 最近、私は英語を指導するとき、日本語をGoogle翻訳で英語に直し、その英語を修正するような指導を取り入れている(それだけではないが)。

 Google翻訳で少しでも英文作成の時間が短縮できれば、それに越したことはない。Google翻訳、昔の自動翻訳と異なり、かなり精度が上がっている。しかも無料だ。これをビジネスに使わない手はない。

 しかし、Google翻訳では不十分なことも多いので、そこを指導する。具体的には、いかのようなポイントだ。
 ・時制の誤り(過去形と現在完了形)
 ・主語の選択の誤り
 ・書き言葉向けの表現への修正

 Google翻訳で、もう一つ大事なことは、日本語を正しく書くことだ。日本語では普通に使う表現でも、実はAIでは理解しきれない表現がある。また、日本語が冗長なら、英語も冗長になる。

 たとえば、以下の日本語と、Google翻訳で作成された英語を考えてみよう。
元の日本語:
「この装置は、赤外線センサーが内蔵されていて、障害物を認識できます。」
Google翻訳の英語
「This unit has an infrared sensor built in, and it can recognize obstacles.」

 Google翻訳は、日本語を正しく読み取れていない。「赤外線センサー内蔵」と「障害物を認識」は、andで接続する情報ではない。前者は手段で、後者は行為だ。手段と行為は、等位(and)接続できない。しかし、日本語では、こういう意味を込めたような表現をよく使う。

 Google翻訳で正しい英語を出すためには、日本語も明確に書かなければならない。先の例でいえば、以下のような日本語なら、そこそこの英語が出てくる。
元の日本語:
「この装置は、内蔵の赤外線センサーを使って、障害物を認識できます。」
Google翻訳の英語
「This unit can recognize obstacles by using built-in infrared sensor.」

 結局、科学が進歩しても、日本語の書けない人は、英語も書けないのだ。
ノートの取り方
 昨年の秋からここまで、15回の講演で33時間の講義を受講して、ノートを1冊書きつぶした。1時間平均で2.5ページになる。基本的には、一番前の中央に座り、「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」でノートをとる。

 私が「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」という表現を知ったのは、宇佐美寛氏の「大学の授業」という本だ。

---引用---
 一見、よくまとまっていると見える要約、まとめ、スローガンは要らない。そんなものはノートに書かなくてもいい。帰宅してノートを整理する時に書きこめば十分だ。具体的で面白い事実、目を低く(視線を低く) するとはじめて見えるような細かい事実、飾らないくだけた言葉……そういう類いの非インテリ的な事柄をノートするのだ。
 そういう目の低い「低級」なことを書くのだから、相当な量を書くことになる。相当な速度でノートをとる。鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さだ。ボールペンの場合は、インクが油性で引火するおそれがある。教室には消火器を置く。…… といった速さだ。
---引用---

 私が、「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」でノートを取り始めたのは、約40年前の高校生時代だ。先に紹介した本に出合うずっと前。あるとき、高校の先生の話すことを片っ端からノートにとってみようと思ってやってみた。このノートをとると、定期テストの点数がグンとよくなったのを覚えている。

 ちなみに、「インクが油性で引火するおそれがある」のは困るので(笑)、私は万年筆を3種類使い分けている。
 ・黒インク:講師の述べたことを記す
 ・青インク:受講生が述べたことを記す
 ・赤インク:自分が感じたことを記す

 書き洩らさないために、略語や記号を多用する。たとえば、頻出するキーワードは略語化する。
 ・スモールステップ  → SS
 ・即時フィードバック → SFB
他にも以下のような記号を使う。
 ・増える or 高まる → ↑(逆もあり)
 ・良い/悪い   → O/X

 宇佐美寛氏は「大学の授業」で、ノートの効果を次のようにも述べている。

---引用---
 自分でノートをとるのは、緊張するためにとるのだ。ノートをとるためには、どうしても話の内容を頭の中で整理しなければならない。内容の構造を考え、どこが大事かを判断しないわけにはいかない。この過程が頭のためになる。考えながら聞く…… これで受身のテープレコーダーのような頭にならずにすむ。
---引用---

 偉そうなことを言ったが、高校時代から40年間、私自身がこういうノートを取り続けてきたわけではない。正直、大学生以降ずっと、怠惰に授業を受けてきた。このノートの取り方を思い出したのは、自らが研修講師として人に指導するようになってからだ。なにしろ、企業研修の受講者のほとんどは、全くノートを取らない。その状態を目にして思い出したのだった。
ノートを取る理由
 早稻田大学エクステンションセンターの「教える技術」(向後千春教授)の全4回に参加した。いつものように、「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」でノートを取る(下図)。ノートを取ることについては以前にも書いたが、また記しておこう。

 ノートを取る理由は2つある。
1.その場でしか得られない情報を記録に残す
2.緊張し、集中して講義を聴く

1.
 ノートには、その場でしか得られない細かな情報を書く。その代表が具体例だ。抽象的な言葉で分かった気になってはいけない。具体例やデータがあるからこそ理解できるのだ。具体例は、著作や配付資料には載っていないので、ノートに取るのだ。神は細部に宿るのだ。

 向後先生が話す、テニスの例こそノートに取るのだ。向後先生はテニスが好きなので、講義の中で、テニスに例えた話が出てくる。テニスの話は雑談ではない。そういう具体的な話が理解を深めるのだ。

 ノートには、まとめやキーワードを書くのではない。そんなことは配付資料や著作に載っている。必要なら、著作を読めばよい。汚い字で書かれたノートを見る必要は無い。ノートにまとめを書こうとするから、ノートに書くことがないのだ。

 具体例など細かな情報をノートに取るので、「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」で書く。何が理解を深める情報かは、その場では分からないので、とりあえず可能な限りノートに書く。話したこと全部をノートには取れないので、取捨選択は必要だ。しかし、全部をノートに取る気合いでペンを走らせる。

2.
 「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」で書くと、緊張し、集中して講義を聴くことになる。一言も漏らすまいと思うので、一瞬たりとも油断はできない。1.5時間の授業なら、1時間を過ぎたあたりで頭が痛くなる。受講後は、「面白かった」ではダメだ。「疲れた」が正しい。

 緊張し、集中して講義を聴くと、疑問がいろいろ湧いてくる。疑問が湧くのは、理解が深まっている証拠だ。理解できなければ、疑問も生じない。湧いた疑問も、ノートに書いておく。

 と、偉そうなこと書いたが、頭で描いていることと現実にできていることは違う。向後先生が、「自分は、フェデラーのフォームで打っているつもり」とおっしゃったのと同じだ。後で自分のノートを見直すと、まだまだ修行が足りないと思う。
スキル研修の目的
 スキル研修は何のためにするのか?スキルを身につけるためではない。目的は2つある。

 まず、スキル研修を受けたからといって、ビジネスに役に立つスキルが身につくことはない。1,2日学習をして、ビジネスで武器になるスキルが身につくはずはない。役に立つスキルはそんな簡単なものではない。1,2日で役に立つスキルが身につくなら、世の中はスパービジネスパーソンばかりだ。

 スキルを身につけようと思えば、1,000時間ぐらいの努力が必要だ。このことは、スキルを指導している人たちでは、よく言われることだ。NHKのラジオ英会話でも知られる杉田敏氏は、「例えば時間なら2000時間。TOEICにしても英会話にしても、これくらいはかけないと効果は期待できないとさまざまな人がいっています。」と言っている。英語を公用語にした楽天では、社会人が英語習得に必要な時間を1,000時間と考え、移行期間を2年と設定した。

 スキル研修の第一の目的は、そのスキルに1,000時間の努力をする価値があるかの判断をすることだ。意味のないスキルに1,000時間を費やすわけにもいかない。役に立つと確信できるからこそ、1,000時間を費やす意味がある。また、1,000時間費やすモチベーションがわく。

 スキル研修の第二の目的は、習得までの時間の短縮だ。試行錯誤するから1,000時間が必要なのだ。研修によって、最短距離がわかれば時間を短縮できる。まあ、それでも500時間ぐらいは必要だが。
読売新聞社説の解析(5)
 食品ロスに関する、読売新聞の社説(2018.01.09)の分析、5回目。前回書き直した文章を解説をする。解説の都合上、パラグラフに番号を付けた。また、各論のパラグラフでは、先頭文をゴシック表示した。

 文章全体は、総論-各論-結論で構成する。書き直した文章では、第1パラグラフが総論で、第2-8パラグラフが各論、第9パラグラフが結論だ。最初と最後で、言いたいことを強調する。だから、総論と結論で内容をかぶらせる。

 各論は、1論理構成単位を1パラグラフとし、7パラグラフぐらいまでで構成する。論理構成単位とレイアウト上の固まりが対応していることが大事だ。論理構成単位も人間の把握しきれる7ぐらいまでにする。7つぐらいまでの論理構成単位が、はっきり視覚的に見えるので、論理構成も把握しやすくなる。論理構成単位が7を超え始めたら、文章を階層構造化することを検討する。

 各論のパラグラフでは、そのパラグラフのトピックを1文目(トピックセンテンス)で述べる。このとき、トピックセンテンスは、論理構成が正しく伝わる範囲で短く述べる。短く述べるから、そのパラグラフのトピックが頭にすっと入る。1文目が長いと、それだけで論理構成が伝わるにくくなる。

 また、各トピックセンテンスだけ読んで、論理構成が分かるように書く。つまり、トピックセンテンスだけで文章として成立するように書く。1論理構成単位を1パラグラフに割り当て、そのパラグラフのトピックが1文目のトピックセンテンスで正しくまとめられていれば、トピックセンテンスだけで、すべての論理構成単位が拾える。だからトピックセンテンスだけ読んで文章として成立する。

 さらに、各トピックセンテンスだけで既知から未知に流れなければならない。各トピックセンテンスだけで文章として成立するなら、各トピックセンテンスどうしは既知から未知につながっているはずだ。もし、既知から未知につながっていないなら、「文章として成立する」と思っているのは書き手だけかも知れない。

 各論のパラグラフは、4-8文を目安に書く。パラグラフで述べたトピックに納得感を持ってもらうには、どうしても詳しい説明や具体例がいる。1,2文では説得できない。たとえば、『「もったいない」という日本人の美徳』について述べたら、日本人がいかに「もったいない」という気持ちを大切にしているかを具体例などで示すのだ。また、対策を述べたら、その対策を詳しく具体的に説明するのだ。オリジナルの文章のように、「少なくとも手つかずで捨てる食品を減らすような消費行動を、一人一人が心がけたい。」の1文で終わってはいけない。

 情報量とトピックの重要性とのバランスも考慮する。重要なトピックはより詳しく、重要性の低いトピックは説明が少なくても良い。たとえば、日本人の美徳と経済的なロスでは、前者を重要としているので説明量に差がある。これはあくまで目安に過ぎない。しかし、重要性を無視した、極端な情報量の差は、論理性を疑われかねない。

 他にもいろいろなことに注意しながら書くのだが、今回はここまで。

食品ロス書き直し

読売新聞社説の解析(4)
 食品ロスに関する、読売新聞の社説(2018.01.09)の分析、4回目。前回検討した論理構成で書き直しをする。

 前回検討した論理構成を、1構成ユニットを1パラグラフに展開する。そこに、総括する総論を最初に、まとめを最後につけると、以下のようになる。細かい解説は次回に。

------------------------------

 本来食べられる商品が廃棄される「食品ロス」は、日本人の美徳に反するし、社会全体の損失ともなる。無駄の削減には、消費者の「もったいない」という意識と、食品製造業・小売店の商習慣の改革が必要だ。

 家庭や食品製造業・小売店、飲食店での「食品ロス」が問題視されている。食べ忘れ、売れ残り、返品、食べ残しなどによって、多くの食品が破棄されている。国内の食品ロスは、年間約592万トンと推計される(平成26年 農林水産省の調べ)。毎日1人あたり茶わん1杯分の食品が捨てられている計算だ。

 食品ロスは、「もったいない」という日本人の美徳に反する。日本人は昔から、食べ物に対する感謝の意から、無駄にすることを「もったいない」と嫌ってきた。この感謝は、命を捧げてくれた動植物に対してはもちろん、料理になるまでに関わったすべての人の労働に対してだ。いくら裕福だからといって、食べ物を粗末に扱うのは、下品な行為と感じる人は多いはずだ。

 また、食品ロスは、経済的な損失でもある。無駄な廃棄はコストを上昇させるので、企業の経営を圧迫する。あるいは小売価格の上昇を招く。無駄な食品加工、輸送、販売でエネルギーの浪費にもつながってしまう。

 食品ロスの最大の要因は、消費者の食べ残しや食べ忘れだ。家庭内での食べ残しや食べ忘れによる廃棄だけでも、食品ロス全体の48%にもなる。おいしく食べられる期間の賞味期限を、安全に食べられる期間の消費期限と混同しての廃棄も多い。さらに飲食店での食品ロス(全体の20%)の多くは、消費者の食べ残しだ。宴会での食べ残しは、よく見る光景となってしまった。

 次に大きな要因となるのが、食品製造業・小売店での「3分の1ルール」による返品や廃棄だ。「3分の1ルール」とは、製造から賞味期限までの期間の3分の1を過ぎると、食品製造会社や卸売業者は小売店に納品できないという、加工食品での商習慣だ。まだ食べられる商品が、廃棄を余儀なくされる。売り場でも、賞味期限まで一定期間を切った商品は撤去される。

 そこで、消費者による食品ロスを減らすために、「もったいない」という美徳をもっとアピールすべきだ。たとえば、公共広告機構のCMを使うのも一つだ。一粒も残さずに食べきったご飯茶碗や、骨だけ残してきれいに食べた魚などを放映するだけでも効果は高いだろう。こういった食べ方を見て「意地汚い」と思ったりはしない。むしろ「自分もそうありたい」と思う人が多いはずだ。

 また、食品製造業・小売店でによる食品ロスを減らすために、業界に残る「3分の1ルール」を見直すべきだ。ここ数年、一部の大手小売りチェーンなどでは、3分の1ルールの見直しが始まっている。保存性の高い菓子や飲料について、納品期限を「賞味期限までの期間の2分の1」に延ばすものだ。農林水産、経済産業両省も昨年5月、海外に比べても厳しい3分の1ルールの緩和を業界に要請した。対象品目の拡大を含めて取り組みを加速してほしい。

 手つかずで捨てる食品を減らすよう、消費者と食品製造業・小売店の両方で努力したい。豊かになっても、「もったいない」という美徳は捨てたくはない。
読売新聞社説の解析(3)
 食品ロスに関する、読売新聞の社説(2018.01.09)の分析、3回目。書き直しを考える。そのために、まずは論理構成を整理する。

 論理構成を考える上で大事なのは、論理構成単位を7ぐらいまでに抑えることだ。論理構成単位が10もあったら、人間は頭で把握しきれない。人間の短期メモリーは7±2しかないのだ。論理構成単位が7を超え始めたら、階層構造化すべきだ。だから、階層のない文章を、社説のように細切れで説明してはいけない。

 また、論理構成単位は、縦か横でつながっていなければならない。縦でも横でもないなら無関係だ。無関係な話が突然登場すれば論理性が下がる。論理構成単位が縦か横でつながっていれば、論理構成はブロック図のようになる。

 論理構成単位を7つまで、縦か横でつなぐのだから、縦も横も3-4が限界だ。つまり、大きな論理の流れ(縦)を3前後で作る。その一部を3前後の横に展開する。全部で7つ程度に納める。

 以上のようなことを考えながら論理構成すると、例えば以下のようになる。大きくは「現状-問題ー原因-対策」という4つが縦につながっている。そのうち、「問題」、「原因」、「対策」は、それぞれ横に2つ展開している。合計で7つだ。

 ここで気をつけるべきは、「問題」と「対策」の対応だ。離れているから忘れてしまいがちだ。その結果、「問題」と関係の無い「対策」を述べてしまう。今回の読売新聞の社説では、食品ロスを経済的な観点から述べていたのに、最後に「宴会での食べ残しを減らす」という対応しないことを述べてしまっている。

 さて、そんなことを考えながら、書き直した結果は次回に。
食品ロス論理構成

読売新聞社説の解析(2)
 昨日に続き、読売新聞の社説(2018.01.09)を分析する。昨日は主にライティング的な視点だったので、今日は論理的な視点から。

 この記事で、私が最も違和感を感じたのは、「食品ロスの半分近くは、家庭から出ている実態がある」という文だ。食品を最もロスしているのは家庭であることが最後になって述べられている。なお、食品ロスの比率は、下のグラフ(農林水産省のH26のデータを参考に作成)を参考にしてほしい。

 なぜ、家庭に対する対策はほぼ述べず、製造元や卸に対する対策を詳しく述べる?食品ロスを減らすなら、まず、家庭でのロスを減らさなければならないだろう。食品ロスの比率の少ない製造元や卸に対する対策は意味があるのか?製造元や卸における食品ロスの比率を示していないのは、意図的なようにも感じる。

 家庭ではなく製造元や卸に対する対策を述べたのは、最も簡単に効果が上がるからだろう。家庭で食品ロスを減らすよう、家庭外から強制するのは難しい。確実で現実的な解決策は、私には思いつかない。家庭に較べて製造元や卸なら、政府などから通達は可能だ。まずは、簡単で効果の上がる対策からということかと思う。

 であるなら、そう述べておくべきだ。前半では、あたかも「3分の1ルール」を見直すことが、とても有効な手法であるように述べいる。しかし、最後になって、最も大きな食品ロスには手つかず。これでは、読み手を馬鹿にしているようだ。

 「賞味期限の表示を「年月」に切り替える動き」は話がそれている。それまでは、「3分の1ルール」の話をしていたのだ。「3分の1ルール」が、消費者の「鮮度志向」を元にしていることから、「鮮度志向」つながりで、別の話を持ち出している。「3分の1ルールの見直しとともに、賞味期限の表示を…」のように、第2の対策として述べるべきだろう。

 「宴会の最初の30分、最後の10分は着席して食べよう」は意味があるのか?確かに、食品ロスは減る。しかし、積極的に食べたいわけではない料理を、無駄にしないために食べることに意味はあるのか?この行為は、最初に述べた「貴重な資源の浪費」、「企業の経営を圧迫」、「小売価格の上昇」のどれにも対応しない。あえて言えば、「もったいない」という価値観だ。論理ではない。

 食品ロスを論じるとき、「もったいない」という価値観を避けては通れまい。経済だけで論じるのは難しく感じる。特に家庭や飲食産業における顧客(=個人)に対して、「貴重な資源の浪費」、「企業の経営を圧迫」、「小売価格の上昇」を訴えても、食品ロスが減るとは思えない。個人に訴えるには、「もったいない」という価値観の美徳ではなかろうか。


食品ロス

読売新聞社説の解析(1)
 久しぶりに、ロジカルライティングの観点で、文章を分析しよう。対象は、本日(2018.01.09)の読売新聞社説(最後に掲載)。数回にわたる分析の1回目。

 第3段落で、食品ロスによる「資源の浪費」、「経営の圧迫」、「小売価格の上昇」を指摘している。
--- 引用開始 ---
「貴重な資源の浪費であり、企業の経営を圧迫する側面もある。コストがかさむ分、小売価格の上昇を招きかねない。」
--- 引用終了 ---

 この3つが並列なら、なぜ、「資源の浪費」と「経営の圧迫」を1文でつなげ、「小売価格の上昇」は独立した1文なのか?並列なら一般に重要な順だ。重要な2つの文をつなげれば、ともにボケる。最も重要性の低い「小売価格の上昇」は1文なので強調される。「資源の浪費」が1文で、「経営の圧迫」と「小売価格の上昇」がつながって1文なら理解できる。

 この3つは並列ではなく、「経営の圧迫」の理由が「小売価格の上昇」と読むなら、さらにおかしなことになる。「小売価格の上昇」を理由としたいなら、誤解を生まぬよう、「なぜなら」のような接続詞が必要だ。さらに、なぜ、重要性の高い「資源の浪費」は理由を述べず、重要性の低い「経営の圧迫」についてだけ、次の文で補足するのか?

 1文目が、「貴重な資源の浪費であることは言うまでも無く、企業の経営を圧迫する」ならライティング的には理解できる。この場合、「資源の浪費」と「経営の圧迫」は並立ではなくなる。書き手が「経営の圧迫」にフォーカスを置いていることが伝わる。

 しかし、「貴重な資源の浪費であることは言うまでも無く」としても、私は論理的に納得できない。私には、食品ロスが、深刻な「資源の浪費」には思えないからだ。まず、食品ロスを減らしても、その食品が飢えた人々に回るわけではない。となると、この「資源の浪費」とは、食品の原材料を作ったり、食品に加工したり、輸送したりするときの「資源の浪費」だろう。確かに、「資源の浪費」には違いないが、社説で取り上げるほどの膨大な浪費だろうか。

 そこで、わたしなら「もったいないという気持ちは言うまでも無く」とする。この表現なら、「経営の圧迫」にフォーカスを置きつつ、「もったいない」を論証する必要もなくなる。多くの人が、食品ロスを「もったいない」と感じているはずだ。皆が「そう言える」と思っていることは論証する必要が無い。さらに、「もったいない」は価値観なので、論証には向かない。

 論理的な文章を書くときは、1文たりとも油断してはいけない。この文章のように、何気なく「り、」で文をつなげば、ろくに考えずに文章を書いたことがすぐにばれてしまう。

------ 原文 -------
食品ロス削減 過度な「鮮度志向」見直したい

読売新聞 2018年1月9日6時0分

 本来食べられる商品が廃棄される「食品ロス」は、社会全体の損失となる。無駄の削減には、企業と消費者の双方で意識改革が欠かせない。

 売れ残りや返品、食べ残しなどによる国内の食品ロスは、年間約620万トンと推計される。毎日1人あたり茶わん1杯分の食品が捨てられている計算だ。

 貴重な資源の浪費であり、企業の経営を圧迫する側面もある。コストがかさむ分、小売価格の上昇を招きかねない。

 大きな要因とされるのが、加工食品の商慣習である「3分の1ルール」が存続していることだ。

 製造から賞味期限までの期間の3分の1を過ぎると、メーカーや卸売業者は小売店に納品できない。まだ食べられる商品が、廃棄を余儀なくされる仕組みだ。売り場でも、賞味期限まで一定期間を切った商品は撤去される。

 小売業者は消費者の「鮮度志向」を理由に挙げる。しかし、適切な商品知識を普及させることこそ、業界には求められよう。

 賞味期限は、傷みやすい食品に表示される消費期限とは異なる。おいしく食べられる期間のことであり、直ちに捨てなければならない日付というわけではない。

 ここ数年、一部の大手小売りチェーンなどでは、3分の1ルールの見直しが始まっている。保存性の高い菓子や飲料について、納品期限を「賞味期限までの期間の2分の1」に延ばすものだ。

 卸からメーカーへの返品や廃棄が減る成果が報告されている。

 農林水産、経済産業両省も昨年5月、海外に比べても厳しい3分の1ルールの緩和を業界に要請した。まだまだ全体には浸透していない。対象品目の拡大を含めて取り組みを加速してほしい。

 メーカー側の努力も要る。需給を見極めた的確な生産計画や、容器の高機能化などによる賞味期限の延長が課題となっている。

 日付単位の賞味期限の表示を「年月」に切り替える動きがみられる。1日でも新しい商品を求めがちな業界や消費者の意識を改める契機になるのではないか。

 外食は大量の食べ残しが問題だ。各地の自治体で「宴会の最初の30分、最後の10分は着席して食べよう」といった呼びかけが始まっている。ゴミ量削減に少なからぬ効果があるという。

 食品ロスの半分近くは、家庭から出ている実態がある。

 少なくとも手つかずで捨てる食品を減らすような消費行動を、一人一人が心がけたい。
印象の良い表現に直す
 technical writingとは別に、business writingという分野がある。technical writingとは、論理的でわかりやすい説明をするための書き方だ。一方、business writingとは、ビジネスをスムーズに遂行しやすくするための書き方だ。

 business writingでは、印象の良い表現に直すということを学ぶ。印象の悪い情報も、表現次第で、中立になったり、良い情報にすり替わったりもする。たとえば、督促状やクレームレターを、悪い印象を与えずに、どう書けばよいかとかだ。

 簡単な例を紹介しよう。

悪い例:コストを押し上げ、ビジネスをロストしています。
良い例:定価を押し上げ、お客様にご迷惑をおかけしています

悪い例:6/10までにお支払いいただかないと、支払い信用に傷が付きます
良い例:6/10までにお支払いいただければ、高い支払い信用を維持できます

悪い例:あなたの経験では、このポジションには不十分です
良い例:あなたの経験に見合う適切なポジションがありません

悪い例:もう連絡しないでください
良い例:必要があれば、こちらからご連絡します

悪い例:コスト削減のため、使い捨てをやめて、再利用可能なものにしました
良い例:地球環境保護のため、使い捨てをやめて、再利用可能なものにしました
日本語は、英語と比べて、情報の流れが作りにくい
 日本語と英語を比べた場合、英語の方が情報の流れが作りやすい言語です。そのため、英語ではスッと流れる文章が、日本語ではややわかりにくくなることがあります。

 たとえば、次の文を考えてみましょう。
「当社は、業界で20年間トップに君臨し、世界的名声のあるA社を、ついに追い抜いた。」

 この文は、途中まで、当社が「業界で20年間トップに君臨し、世界的名声のある」かのように読めてしまいます、「A社を、」を読んで、はじめて、「業界で20年間トップに君臨し、世界的名声のある」がA社の説明とわかります。ちなみに、「当社は、業界で20年間トップに君臨してきた」とは読めません。なぜなら、「A社を、ついに追い抜いた」と矛盾するからです。

 英語なら、「当社は、ついにA社を追い抜いた。」と書いてから、関係代名詞を使ってA社を後ろから説明すればよいのです。読んでいくはしから理解できて、日本語のように、読み進んではじめて構造がわかるということはありません。

 しかし、だからといって、オリジナルの文を2つの文にしてはいけません。なぜなら、2つの文にすると、一方はA社が主語の文章になるからです。この文は、当社の説明ですから、主語は当社でなければならないのです。
英語の婉曲表現
英語にも婉曲表現はあります。ただ、日本語とは異なるので、婉曲と理解できない人が多いのです。

 たとえば、以下の英文を考えてみましょう。
If the articles are delivered later than the end of February, we may have to refuse them.
(訳:記事が3月以降に届いたときは、拝受できません)

 日本人が英語を書くと、後半が以下のようになる場合が多いです。実際に、そういう意味ですから。
we will refuse them.

 この"may have to"が婉曲表現です。

 まず、助動詞"may"が婉曲的な意味を持ちます。"may"は、50%以下の確率を表す助動詞です。一方、"will"なら99%を意味します。"may"という確率の低い助動詞を使うことで、ほぼ言い切りの"will"より当たりが柔らかくなります。(だからといって、残りの50%に賭けてみようなどと思ってはいけません)

 つぎに、"have to"も婉曲的な意味を持ちます。正しく日本語訳すれば、「~せざるを得ません」です。"have to"には「他人の都合により」というニュアンスがあります。つまり、「私は受け取っても良いのですが、他の人に迷惑が掛かるので、お断りせざるを得ません」という意味になります。

 このように、英語においても、教養ある人間なら、NOを言うときには配慮するものです。

文章を書くとき、日本語と英語で差はない
 文章を書くうえで、日本語と英語で大きな差を感じることはありません。時々、おかしな説明を聞くことがあるので、誤解を解いておきましょう。

誤解:「英語は文頭に主語と動詞がある。だから、文章も結論から述べる」

 根拠が根拠になっていません。「文」の構成と、「文章」の構成は別物です。英語圏で結論を先頭に置く文章をよく見るのは、そう教育されているからです。英語圏でも、意識しなければ、結論が最後に登場します。実際、結論が最後に来る説明をよく見ます。

誤解:「英語は論理的な説明に向いている」

 論理的であるかは言語と関係ありません。英語だと論理的に説明できる根拠がわかりません。英語を使うから論理的考え、説明できるのではありません。論理的に説明する教育が熱心なのが英語圏なのです。通常、欧米では大学一年生の時に、論理的に書くことを一年かけて学びます。日本に、同様のシステムのある大学は数える程度です。

誤解:「英語だとYES/NOなど、意見を明確に言える」

 これも言語と関係ありません。日本語でも明確に言えます。単に、日本人は婉曲的な表現を好むというだけのことです。

 ちなみに、「英語圏ではYES/NOをはっきり言う」は誤解です。YESは、はっきり言いますが、NOは、はっきり言いません。NOをはっきり言えば、敵対したり、ビジネスをロストしたりするからです。
 I disagree with you.
なんて、教養なある人は言いません。
 I have another opinion.
と言ったりします。
クリスマスの挨拶
Happy Holidays!

ビジネスでの挨拶状では、"Merry Christmas"は使わなくなりました。キリスト教徒ばかりではないので。

よくある間違い1
誤:X'mas
正:Xmas

よくある間違い2
誤:I wish your Merry Christmas.
正:I wish you a Merry Christmas.


プロフィール

ロジカルスキル研究所代表

Author:ロジカルスキル研究所代表
ロジカルスキルを企業研修で指導しています。主な講座は、ロジカルライティング、ロジカルネゴシエーション、ディベート、ロジカルプレゼンテーション、英文テクニカルライティングです。

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム