Logical Skill の深い話
Logical Skill (特にLogical Writing) について、著書(たとえば、「論理が伝わる世界標準の書く技術」講談社)には書かなかった、より深い話を紹介します。
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議論につながる質問
「グレーター東大塾」に参加している。この塾では、「双方向で活発な議論を期待する」ために、70分の講演後、60分という長いQ&A時間を設けてある。しかし、これがどうもうまく機能しない。

 日本人は、議論する文化がないので、議論につながる質問ができないのだ。議論につながる質問とは、受講者の質問に対して、講演者が回答したら、その回答に対して、さらに受講者が掘り下げた質問をし、また講演者が回答し、となっていく質問だ。例えば以下のようなイメージだ。
 受講者:「Uターン就職希望率が富山県で高いのはなぜですか?」
 講演者:「県がUターン就職支援をしていることと、比較的産産業が発達しているからでしょう」
 受講者:「では、なぜ、富山県と産業規模が同じ程度の他の県は、同じような支援をしないのですか?」
 講演者:「似たような支援を他の県もやっているのですが、富山県ほど効果が無いようです」
 受講者:「ということは、Uターン就職希望率が富山県で高い最大の理由は、就職支援ではないですね。他の要素は考えられませんか?」

 受講者のする質問のすべてが、議論につながらない。いや、質問者は、議論につなげる気が無い。つなげる気が無いので、平気で2つも3つも質問する。議論につなげるなら、質問は1つだ。複数の論点を同時並行で議論するのは、よほど議論慣れしていないと無理だ。議論につなげる気が無いので、講演者が回答したら、それでその話は終わりになる。深まりはしない。

 この講演が、一般的なプレゼンなら、一往復で終わるQ&Aでよい。だから、聞き逃したことや直感的に疑問に感じたことを聴けばよい。一往復だから、すぐに終わる。5分程度しかQ&A時間が無いときには適切なアプローチだ。

 議論につながる質問をするには、質問する側もかなり頭を使わなければならない。たとえば、以下のようなことを事前に考えてから質問することになる。
 ・こう質問したら、こういうことを説明するはずだから、さらにこう質問しよう
 ・もし、講演者が回答を持っていなかったら、自分はこう考えているといって、その考えへの意見を聞こう
 ・自分は、講演者とは異なり、こういう根拠でこう考えている。講演者は、自分の根拠に対して、どういう根拠でどう判断するだろうか。(議論の世界でいう論証型反論の準備)

 60分という長いQ&A時間を設けている意図を考えてほしい。
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鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さでノートを取る
『一見、よくまとまっていると見える要約、まとめ、スローガンは要らない。そんなものはノートに書かなくてもいい。帰宅してノートを整理する時に書きこめば十分だ。具体的で面白い事実、目を低く(視線を低く) するとはじめて見えるような細かい事実、飾らないくだけた言葉……そういう類いの非インテリ的な事柄をノートするのだ。
 そういう目の低い「低級」なことを書くのだから、相当な量を書くことになる。相当な速度でノートをとる。鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さだ。ボールペンの場合は、インクが油性で引火するおそれがある。教室には消火器を置く。…… といった速さだ。』(「大学の授業」宇佐美寛)

 「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」でノートを取った。今週から参加している「グレーター東大塾」だ。そういうノートを取ったのは久しぶりなので、ペンが上手く動かなかった。まあ、そのうち慣れるだろう。ちなみに、「インクが油性で引火するおそれがある」のは困るので、万年筆を使った。(笑)

『自分でノートをとるのは、緊張するためにとるのだ。ノートをとるためには、どうしても話の内容を頭の中で整理しなければならない。内容の構造を考え、どこが大事かを判断しないわけにはいかない。この過程が頭のためになる。考えながら聞く…… これで受身のテープレコーダーのような頭にならずにすむ。』(「大学の授業」宇佐美寛)

 「鉛筆の先から摩擦熱で煙が出る速さ」でノートを取るには、無茶苦茶集中する。頭の中はフル回転だ。疑問もたくさん出てくるので、それもノートに書く。1時間も続けると、頭が痛くなる。勉強して頭が痛くなるのも久しぶりだ。
マツダCX-5の電子取扱説明書(6)
 マツダCX-5の電子取扱説明書が、マニュアルコンテストで優秀賞を受賞したらしい。マニュアル作成の専門家(自動車業界の方ではない)から、「どう思いますか?」と聞かれたので、チェックしてみた。その第六弾。引き続き、自動巡航機能の説明の部分から。

 自動巡航機能(MRCC)の起動と設定は、下図のように説明されている。

 速度の設定までの説明は分かる。最初の「ONする」の説明で、MODEスイッチでONとなる。これで、速度や車間の設定ができるようになる。次の「速度を設定する」の説明で、指定速度で定速走行になることも分かる。

 しかし、ここで示されている表に、なぜ「追従走行時」のディスプレイ表示が示されているのか?まだ、「追従走行時」の説明はされていない。だから、追従走行の設定の仕方も分からない。それなのに、「追従走行時」のディスプレイ表示を示されても困る。

 さらに、どうすれば追従走行になるのか、探しても載っていない。取扱説明書は、次に「追従走行時の車間距離を設定する」となっている。つまり、「追従走行時」の車間の設定だ。そもそもの「追従走行時」への移行が載っていない。

 なんと、「知識を開く」をクリックすると、「追従走行時」に移行する説明(下記引用)が表示される。クリックしないと隠れたままだ。
---引用---
定速走行中に前方車を検知すると、ディスプレイに前方車表示が表示され、追従走行を行います。また、前方車を検知しなくなったときは、ディスプレイの前方車表示が消灯し、定速走行に切り替わります。
---引用---

 なぜ、こんな大事な情報が目立つところに書かれていない。
cx5_MRCC_on.jpg

マツダCX-5の電子取扱説明書(5)
 マツダCX-5の電子取扱説明書が、マニュアルコンテストで優秀賞を受賞したらしい。マニュアル作成の専門家(自動車業界の方ではない)から、「どう思いますか?」と聞かれたので、チェックしてみた。その第五弾。引き続き、自動巡航機能の説明の部分から。

 今日は注意表示。自動巡航機能の説明は、下図のような注意表示が、説明部分の最初のほうに記載されている。

 取扱説明する場合、注意表示には3種類ある。その差は明確に決められている。
危険:指示を守らないと死亡するか重傷負う可能性が極めて高い
警告:指示を守らないと死亡するか重傷負う可能性がある
注意:指示を守らないと軽傷を負うか、製品が壊れることがある

 この取扱説明書では、警告と注意の差を意識していないのではないだろうか?次の3つ(注意表示部分から引用)は、なぜ1つは警告で、残り2つは注意なのか?
警告:マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) を使用しないときは、安全のためマツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) をOFFにする
注意:けん引されるとき、または、他の車をけん引するときは誤って作動しないようにシステムをOFFにしてください。
注意:シャシーローラーを使用するときは、シャシーローラー上を走行中に誤って作動させないよう、システムをOFFにしてください。

 そもそも、上記の警告は、その下2つの注意を含むのではないだろうか?注意表示は、たくさん書けばよいのではない。たくさん書けば、大事な注意が、どうでもよい注意に埋もれる。また、文章量が増えると、読み手が読まなくなる。このケースは、「MRCC を使わないときは、OFFに設定してください」の1つで十分だろう。

 言葉の使い方に一貫性がない。警告では「マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) 」という長いバカげた表記を使っているが、注意では同じ機能を「システム」と呼んでいる。すべて、「MRCC」あるいは「MRCCシステム」でよいだろう。長い文は、ユーザーが読まなくなるので論外。言葉を不用意に変えるのも、混乱を招く可能性があるので避けるべきだ。

 さらに、自動巡航機能の説明の部分を読み進むと、最初に記載された注意とは、別の注意が記載されている。しかも、警告だ。なぜ、最初に書かない。ユーザーがマニュアルを、端から端まで読むと思っているのだろうか?大事なことは最初に書くのだ。
---引用---
警告
安全運転に心がける
定速走行機能使用中は追従走行を行わないため、警報やブレーキ制御が作動しません。周囲の状況に応じてブレーキペダルを踏んで減速するなど、前方車との車間距離を十分に確保し、安全運転を心がけてください。
---引用---

cx5_warning.jpg

マツダCX-5の電子取扱説明書(4)
 マツダCX-5の電子取扱説明書が、マニュアルコンテストで優秀賞を受賞したらしい。マニュアル作成の専門家(自動車業界の方ではない)から、「どう思いますか?」と聞かれたので、チェックしてみた。その第四弾。引き続き、自動巡航機能の説明の部分から。

 この自動巡航機能をONにする説明は、下図のように説明されている。

 操作の説明では、すべき操作と操作後の状況は分けるべきだ。一緒に述べれば文が長くなって分かりにくい。

---オリジナル引用---
MODEスイッチを1回押すと、マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) がONになり、マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) メイン表示 (白) が点灯し、速度の設定や追従走行時の車間距離の設定ができる状態になります。
また同時に、マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) ディスプレイ表示がマルチインフォメーションディスプレイ、およびアクティブ・ドライビング・ディスプレイに表示されます。
---オリジナル引用---

---改善案---
MRCCをONにするには、MODEスイッチを1回押します。
 ・MRCCメイン表示(〇〇参照)が、マルチインフォメーションディスプレイ、およびアクティブ・ドライビング・ディスプレイに白く点灯します。
 ・速度の設定や追従走行時の車間距離の設定ができる状態になります。設定方法は、下記の〇〇を参照してください。
---改善案---

 添えられている図もダメだ。MODEスイッチは図で分かので、これはOK。MRCCメイン表示が分からない。スイッチを示した図の下にある図がMRCCメイン表示なのだが、説明がないので分からない。まして、「メイン表示 (白) が点灯」とあるのに、図は黒で表示されている。マルチインフォメーションディスプレイとアクティブ・ドライビング・ディスプレイが何かは、読み手が知っているとしても、そのディスプレイにMRCCメイン表示がどう表示されるのかが分からない。なぜ、マルチインフォメーションディスプレイとアクティブ・ドライビング・ディスプレイにMRCCメイン表示が表示される図を載せないのだろう。(実は、その図は、この説明のずっと前に載っている。アホか)

CX5_manual4

マツダCX-5の電子取扱説明書(3)
 マツダCX-5の電子取扱説明書が、マニュアルコンテストで優秀賞を受賞したらしい。マニュアル作成の専門家(自動車業界の方ではない)から、「どう思いますか?」と聞かれたので、チェックしてみた。その第三弾。引き続き、自動巡航機能の説明の部分から。

 この自動巡航機能の説明は、以下のような見出しで構成されている。
・マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) ディスプレイ表示
・接近警報
・設定するとき
  ONする
  速度を設定する
  追従走行時の車間距離を設定する
  設定速度を変更する
  一時的に解除されるとき
  OFFする
  再発進するとき
  発進報知
・マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) 警報
・定速走行機能
  定速走行機能に切り替えるとき
  速度を設定するとき
  設定速度を上げるとき
  設定速度を下げるとき
  解除するとき

 この見出しを見ても無茶苦茶。ロジックが縦にも横にもなっていない。ただ、思いついたことを思いついた順に書いたような印象。あまりに並列感に乏しい。

 この見出しから考えられる疑問を、思いついた順に書きましょう。
・「接近警報」と「マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) 警報」は違うのか?
・前半にある「速度を設定する」と後半の「速度を設定するとき」は違うのか?
・前半にある「追従走行時の車間距離を設定する」と後半の「定速走行機能に切り替えるとき」は違うのか?
・「設定速度を変更する」と「設定速度を上げるとき」、「設定速度を下げるとき」は違うのか?
・「定速走行機能」という項目があるのに、「追従走行」という項目はなぜないのか?

 例えば、以下のような見出しなら分かります。
・MRCCを設定する
  定速走行
  追従走行
・走行中に設定を変更する
  速度の変更
  車間距離の変更
・MRCC設定中の警告
・MRCCの自動解除
・MRCCを解除する
・MRCCを再稼働する
マツダCX-5の電子取扱説明書(2)
マツダCX-5の電子取扱説明書が、マニュアルコンテストで優秀賞を受賞したらしい。マニュアル作成の専門家(自動車業界の方ではない)から、「どう思いますか?」と聞かれたので、チェックしてみた。その第二弾。引き続き、自動巡航機能の説明の部分から。

 自動巡航機能の説明は、総論に相当する記述から始まる。

 まず、定義を述べた最初の文が長すぎる。見ただけで、読む気が無くなる。説明も不十分。
---引用---
マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) は、レーダーセンサー (フロント) が前方車を検知することで、運転者がアクセルペダルやブレーキペダルを踏まなくても、設定した速度での定速走行や、前方車との車間距離を車速に応じて一定に保つ追従走行ができるシステムです。
---引用---

 最初の文は、可能な限り短く述べる。最初の文とは、パラグラフのトピックセンテンスや結論の文だ。このような大事な文は、大事な情報だけで短く述べる。短い文だから、大事な内容がすっと頭に入る。長い文は、人間の短期メモリーの容量を超えるので理解できない。人間の短期メモリーの容量は、7±2といわれている。7±2単語までで1文を終えるのだ。

 だから、この部分は、例えば以下のように述べる。
---修正案---
MRCCは、 設定速度での定速走行や、車間距離を一定に保つ追従走行ができるシステムです。MRCCが、レーダーセンサーで前方車を検知するので、運転者はアクセルペダルやブレーキペダルを踏む必要はありません。前方に車がないときは、速度が設定値に保たれます。前方に車があるときは、車間距離が車速に応じて一定に保たれます。
---修正案---

 上記の定義の文の下にある説明のムービーは、本文で参照すべき。ムービー以外のグラフや表、図解も、必ず本文で参照する。
---修正案---
 MRCCの正確なイメージを理解したい方は、下のムービーをご覧ください(再生するには、ムービー中央の▷をクリックします)。
---修正案---

 定義文とムービーの下に載っている説明(下の引用)も、次の点で不十分だ。
 1.1文が長い
 2.パラグラフのレイアウトを守っていない(1文ごとに改行してある)
 3.各論を十分に反映していない(総論で述べていないことが、各論で長々述べられている)
 
---引用---
また、追従走行時に前方車が急ブレーキをかけたときなど、前方車に接近したときは、警報音と同時にディスプレイに警告を表示し、車間距離を十分確保するようお知らせします。
前方車に追従して停車したときは、自動で停車状態を保持 (停車保持制御) し、運転者がRESスイッチを押すなどの発進操作を行うと、追従走行を再開します。
マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) を使用するときは、使用前に次の記載もあわせてお読みください。
---引用---

 各論を十分に反映していないのは、各論の構成が無茶苦茶だからだ。それはまた次回。
マツダCX-5の電子取扱説明書(1)
 マツダCX-5の電子取扱説明書が、マニュアルコンテストで優秀賞を受賞したらしい。マニュアル作成の専門家(自動車業界の方ではない)から、「どう思いますか?」と聞かれたので、チェックしてみた。突っ込みどころ満載です。しばらくシリーズで、問題点を指摘していこう。

 電子取扱説明書は、ホームページ式で閲覧するよう特化されています。紙の取扱説明書をpdfにしたのではありません。そのため、リンクをクリックすることで、目的の説明に素早く飛べます。また、画面サイズ(PCかスマホかなど)によって、自動で表示が変わります。ここはとってもgood。

 まず、注目したのは、自動巡航機能。
---原文引用 開始---
マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) とは
マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) は、レーダーセンサー (フロント) が前方車を検知することで、運転者がアクセルペダルやブレーキペダルを踏まなくても、設定した速度での定速走行や、前方車との車間距離を車速に応じて一定に保つ追従走行ができるシステムです。
---原文引用 終了---

 なんだ、「マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) 」という表記は。「全車速追従機能付」がかぶっているし。なぜ、1つの機能に「マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール」、「全車速追従機能付」、「MRCC」という3つの名称を付けているのかわからない。しかも、このあとずっと、「マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (全車速追従機能付) (MRCC (全車速追従機能付)) 」という長い表記が何度も登場する。

 ここは、「マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール (MRCC) 」という表記でいいのでは。この後は、MRCCで通していく(少なくともMRCCを説明しているこの数ページでは)。もし、英語だと分かりにくいというなら、「自動巡航機能(Mazuda Radar Cruise Control: MRCC)」でもいいだろう。いずれにしろ、この後は、MRCCという呼び方を使う。

 「全車速追従機能付」という名称もダメだ。漢字をつなぎすぎている。漢字の接続は、最大で3集合体まで。たとえば、「電子・取扱・説明書」はOK。「全車速追従機能付」じゃあ、どこで切るのか、一瞬迷う。「全車・速追」と読み始めて、間違いに気づく。「全・車速・追従・機能・付」は無理。
Google翻訳はどこまで正しい英語に翻訳できるのか
Google翻訳はどこまで正しい英語に翻訳できるのか。

もとの日本語
「当社は懐具合が窮屈なため、5000ドル未満の注文に対しては、10%の割り増し料を請求せざるを得ません。」
Google翻訳した英語
「We are forced to charge a surcharge of 10% for orders under $ 5000, as our business is cramped.」

 文法的には成立しているし、意味も概ね伝わるだろう。しかし、ビジネス文章として、教養ある英文とは言えまい。

 まず簡単な問題点を挙げる。
1.”force”は、「無理矢理」の意味を含むので、この文脈では不適切な単語だろう
2."charge a surcharge"は、重ね言葉
3."business is cramped"は、「懐具合が窮屈」を正しく伝えているか不明。ネットでの使用例を見ると、「ビジネスやる上での場所が足りない」のような使い方が多い。文脈から「懐具合が窮屈」と取れるとは思うが、もっと適切な表現がありそうだ。

 さらに、テクニカル・ライティングの視点で言えば、この文は"we"を主語に置かない方がスマートである。なぜなら、マイナスなイメージの情報を発信するのに、"we"を主語にすると、そのマイナスなイメージが"we"に付くからだ。つまり、「他でもない当社が、割り増し料を請求するのです」というような印象を与える。

 では何を主語とするかというと、仮主語を使うのだ。たとえば、"Because of our financial condition, it has been necessary to"と表現する。マイナスなイメージの情報を発信する時は、人を主語とせず、ものを主語とするか仮主語を使うかすると、マイナスなイメージが少し緩和される。

 さらに、この文なら、時制は現在完了形が望ましい。この文意からすれば、おそらく割り増し料の請求は、懐具合が窮屈になった時点(過去)で始まり、今も続いているのであろう。となれば現在完了形だ。

 科学が進んでも、まだまだ、指導すべきことは多い。
Google翻訳を英語ライティングの指導に活用
 今でも、ときどき、英語のテクニカル・ライティングを指導するときがある。指導を始めたころに比べると、時代に合わせて指導方法が変わってきた。今回、新たな試みをすることに決めた。

 昔は、紙の辞書が中心だった。講師も受講生も、紙の辞書を頼りに英文を書いていた。

 電子の時代となり、紙の辞書は、電子になった。辞書の表記や例文集の記述を、パソコンを使ってプロジェクターに表示できるようになった。これでかなり指導しやすくなった。「辞書にこう書いてある」とか、「例文集を見れば表現がわかる」とプロジェクターで示せた。

 さらに、インターネットの時代になって、例文集としてWEBが使えるようになった。例文集を購入しなくても、Weblioで例文検索が無料でできるようになった。Googleの検索機能を使えば、よく使われる表現なのかどうかも、ヒット数から判断できるようになった。

 さらに時代は進み、今後は、Google翻訳を活用しよう。従来、「この日本語を英訳してください」としていた出題は、「この日本語をGoogle翻訳で英訳するとこうなります。この英語をより適切な英語に直しましょう」と出題することにした。ビジネスの現場で英文を書く時、「Google翻訳を使ってはいけません」なんてことはあり得ない。使えるものは総動員して、生産性を高めるべきだろう。

 そのうち、科学が進めば、英語のライティングは指導する必要がなくなるかもしれない。まあ、それは私が生きているうちはないだろう。
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(5)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する5回目です。

 これまで指摘した問題を踏まえ、正しい文章に書き直すと、以下のようになります。

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 私は、議論を通して頭が良くなると考えています。頭がよくなると、現代のリーダーに求められる力も身につきます。頭をよくするには、いい議論が効果的なトレーニング方法です。

 ここでいう「頭が良くなる」とは、いい議論が持つ弁証法的運動を自らの思考の基本として身につけるということです。弁証法的思考とは、相反する意見の相違を克服して、より高い状態へと移行しよう試みる考え方です。弁証法的に思考できると、一つの視点からだけでなくさまざまな視点からものごとを考えることができるのです。さまざまな視点から、異質な意見や考え方を取り入れることで高次の考えへと発展させていく。異質な意見で指摘された矛盾や否定をいわばバネとして思考を上昇させていく。この弁証法的な運動こそ、思考の本質です。

「頭が良くなる」と、現代のリーダーに求められる「チーム思考力」が身につきます。「チーム思考力」とは、チームメンバーの知識や意見、アイディアをうまく絡み合わせて発展させ、新たな意味を生み出すコミュニケーション力です。「頭が良くなる」と、チームメンバーの知識や意見を、弁証法的に思考して、高次の考えへと発展できるのです。たとえば、…

「頭が良くなる」には、いい議論をすることが最良のトレーニングです。 議論によって相反する意見の合意点を見出すことは、弁証法的運動そのものです。この議論を習慣化することで、弁証法的運動が習慣化するので、「頭が良くなる」のです。たとえば、…

「いい議論」と限定をつけたのは、単に議論するだけでは力がつかないからです。議論によって相反する意見の合意点を見出すからこそ、弁証法的運動が身につくのです。「悪い議論」では、人格攻撃をしたりして関係を破壊します。このような議論で、弁証法的運動が身につくはずはありません。議論と同じ戦いである武道に型があるように、議論にも習得しておくべき型があります。その型を学ぶことで、弁証法的運動が身につく「いい議論」ができるようになるのです。

 議論によって、現代のリーダーに求められる「チーム思考力」が身につく、そんな意識で本書を読み進めてみてください。

明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(4)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する4回目です。

---引用始め---
 つまりここでいう「頭が良くなる」とは、いい議論が持つ弁証法的運動を自らの思考の基本として身につけるということです。柔軟で強靱な思考力は、いい議論の経験を通してこそ向上していくものです。
---引用終わり---

 子のパラグラフでは、2つのトピックが、1文ずつで述べられています。分けて述べるべき内容です。

 1文目は、もっとずっと前に述べておくべき内容です。最初のパラグラフで使った言葉が、ここまで定義されていないのは、「議論を始める前に言葉を正しく定義する」という基本を知らないからです。また、この1文では理解できないので、「いい議論が持つ弁証法的運動を自らの思考の基本として身につける」を詳しく説明しなければなりません。

 2文目は、そのトピックから考えて、前のパラグラフに統合すべきでしょう。

---引用始め---
 新しい学力とは 、的確に議論する力であり、多様な視点から分析し総合的に捉え直す力です。子どもたちだけでなく、今生きるすべての人が、身につけたい力です。
---引用終わり---

 唐突な内容の転換です。なぜ、突然、「新しい学力」の話になったのでしょう。

 「的確に議論する力や、多様な視点から分析し総合的に捉え直す力を身につけたい」と述べたいなら、単に前に述べたことの繰り返しです。前のパラグラフのいずれかに統合すべきです。こういうことを述べるから、1つのパラグラフが1,2文になってしまうのです。

---引用始め---
 議論力は、この社会を発展させるだけでなく、場を明るくし、生きている実感を得させてくれる力です。
---引用終わり---

 唐突な内容の転換です。突然、「場を明るくし、生きている実感を得させてくれる」と言い出しました。言っただけで根拠はありません。だから、1つのパラグラフが1,2文になってしまうのです。

---引用始め---
 身のまわりの人と「祝祭としての議論」を楽しむ、そんな明るいイメージを持って、本書を読み進めてみてください。
---引用終わり---

 これまた突然、「祝祭」と言い出しました。「祝祭」って何でしょう?まとめのパラグラフだから短くてもいいのですが、これまで述べてきたことを総括しているとはとても思えません。
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(3)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する3回目です。

---引用始め---
 自分一人で考えるのではなく、グループでチームとして考える。いわば「チーム思考力」を場においてリードし、向上させていくことのできる力。これが現代のリーダーに求められる重要な条件です。
---引用終わり---

 前のパラグラフとつながりません。前のパラグラフでは、「現代社会で求められる頭の良さは、既存の知識を記憶し再生することのできる学力だけではありません。」と始まっていました。なぜここで、「リーダーに求められる重要な条件」が登場したのか理解できません。「リーダーに求められる重要な条件」=「頭の良さ」といいたいならそう書かなければわかりません。

 1文目は要約文ではありません。このパラグラフは、前のパラグラフとまとめるべきでしょう。おそらく前のパラグラフと合わせて1つのトピックと思われます。そもそもこのパラグラフは短すぎますし。

---引用始め---
 まずは二人の対話からでいい。徹底的に議論を練習することによって、頭が柔軟に機能する習慣が身につきます。論理力もこの対話トレーニングを通して磨かれていきます。
---引用終わり---

 1文目は要約文ではありません。要約文は2文目でしょう。しかし、このパラグラフは、主張ばかりで根拠はありません。なぜ、議論すると、頭が柔軟に機能するのか、論理力が付くのか分かりません。

---引用始め---
 「いい議論をすると、頭が良くなる」ということには、より本質的な根拠があります。それは、「頭が良い」人は弁証法的な対話の構造を身につけているということです。「思考力がある」ということは、一つの視点からだけでなくさまざまな視点からものごとを考えることができるということです。異質な意見や考え方を取り入れることで高次の考えへと発展させていく。矛盾や否定をいわばバネとして思考を上昇させていく。この弁証法的な運動こそ、思考の本質です。
---引用終わり---

 要約文ではありません。要約文は2文目でしょうか。あるいは、「いい議論をすると、異質な意見や考え方をバネとして思考を上昇させていくので頭が良くなる」でしょうか?いずれにしろ、もう少し説明が必要です。

 「弁証法的な対話」の説明が必要です。この言葉で理解できる読者は、ほとんどいないでしょう。難しい言葉でごまかそうとするのは、論理性の低い人のやる常套手法です。

 このパラグラフで述べている「頭が良い」が、先に述べた「頭の良さ」の定義と呼応していません。これはかなり致命的です。「新たな意味を生み出すコミュニケーション力」と「弁証法的な対話の構造」はどうつながるのでしょうか?
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(2)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析する2回目です。

---引用始め---
「いい議論」 と限定をつけたのは、単に議論するだけでは力がつかないからです。ひどい場合には人格攻撃をしたりして関係を破壊します。そのような攻撃的な議論は私の目指すものではありません。武道に型と礼節があるように、議論にも習得しておくべきルールと技術があります。 「発言の内容と人格は切り離す」というルールだけでもみんながわきまえていれば、議論中に不必要に感情的になることはありません。
---引用終わり---

「いい議論」という言葉が、前のパラグラフの要約文とつながっていません。この言葉は、前のパラグラフの最後の文に登場します。前のパラグラフの最後と、次のパラグラフの先頭をつなげるのは、パラグラフを理解していない証拠でです。この形で書かれると、すべての文を読まないとロジックが流れないことになります。正しく書かれた文章は、パラグラフの先頭文だけでロジックが流れます。

 3文目と4文目は、要約文をサポートしていません。話がそれています。ここで述べるべきは、「単に議論するだけでは力がつかない」ことの根拠や具体例です。

---引用始め---
 現代社会で求められる頭の良さは、既存の知識を記憶し再生することのできる学力だけではありません。知識があるからこそ議論の内容が充実するのはたしかです。しかし、お互いの知識や意見、アイディアをうまく絡み合わせて発展させ、新たな意味を生み出すコミュニケーション力こそ、今切実に求められている頭の良さです。
---引用終わり---

 1文目が要約文になっていません。このパラグラフの要約文は最後の文でしょう。最後にポイントを述べるのは、文章の書き方を知らない証拠です。

次回に続く。
明治大学齋藤孝教授の文章を分析する(1)
 明治大学齋藤孝教授は、自ら「齋藤孝のできると言われる! 仕事の文章力」(ナツメ社)など、文章の書き方に関する本を多数出版しているが、実は論理的な文章を書けません。本人は書ける気でいるのかも知れませんが、まったく書けません。そのことを、齋藤孝著「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)の「はじめに」の一部を引用しつつ、複数回に分けて分析していきます。

---引用始め---
いい議論はなぜ頭を良くするのか

 議論を通して頭が良くなってくる。これは私の実感です。議論の経験を重ねたからこそ鍛えられる知力、頭の良さというものがあります。一人で勉強しているだけでは獲得できない頭の良さが、議論を通して身につきます。ただやみくもにトレーニングしていても的確に筋力を身につけることはできません。頭が良くなる議論の仕方を練習することで、着実にスッキリした頭になっていきます。
---引用終わり---

 この書き出しのパラグラフは、総論なのか、各論なのか?

 もし、このパラグラフが総論なら、冗長で抽象的すぎます。1,2,3,5文目は実質同じ内容です。言い換えをして繰り返しているだけです。総論なら、同じことを繰り返す意味はありません。また、4文目については、どんなトレーニングが必要かを具体的に書くべきです。抽象的すぎるので、当たり前に感じるだけです。

 もし、このパラグラフが各論なら、パラグラフの2文目以上が、1文目の要約文をサポートできていません。1文目で「議論を通して頭が良くなってくる」と言った以上、2文目以降では、なぜ頭がよくなるのかの根拠、頭がよくなった具体例を示すべきです。

---続きの引用始め---
 私は大学の教職課程で授業のやり方やディスカッションのやり方を教えることが専門です。 この本で書くようなルールと技術を教え、実践させ続けてきました。その経験から、いい議論こそ頭を目覚めさせ良くする最良のトレーニングだと思うようになりました。
---引用終わり---

 1文目が要約文になっていません。もし、1文目が要約文だと言うのなら、このパラグラフでは大学の指導内容を詳細に説明することになります。

 また、1文目は、前のパラグラフとつながっていません。つながっていないので、突然の話の転換のように感じます。このパラグラフの1文目は、前のパラグラフ1文目とつながっていなければなりません。

 結局、このパラグラフは不要でしょう。前のパラグラフの繰り返しにすぎません。内容的にも、自分の抽象的な感想だけなので、「議論こそ頭を目覚めさせ良くする最良のトレーニング」に説得力がありません。せめて具体例でも挙げてほしいものです。

次回に続く。

M大のS教授の文章
 ある方から、M大のS教授(超有名、下の写真とは無関係)がパラグラフで文章を書けると聞いたので、チェックしてみた。しかし、まったくできていない。

 原文は著作権の関係で表示できないのでポイントだけ。
・パラグラフのトピックセンテンスが、パラグラフのポイントを正しくまとめていない
・パラグラフのトピックセンテンスで意見を述べながら、その根拠は述べていない。根拠を述べないので、パラグラフが1,2文で終わる
・パラグラフをつないでロジックを組む意識がない。だからロジックが破綻している。

 このS教授、文章書き方の本も書いているんだけどね。
習慣は論理に優先する
「習慣は論理に優先する」 このことは、講座の最初で簡単に説明しておく。実社会を生き抜くのに必要な考え方だ。

 書き方が習慣で決まっていれば、その習慣に従うしかない。仮にその習慣が理不尽で納得できないものであっても、論理では覆せない。「この書類はこのフォーマットで提出しする」と決まっているなら、そのフォーマットが理不尽で納得できないものであっても、従うしかない。「これが正しい」と自分一人で異なる書き方をしても、受け取ってもらえないだけだ。

 だから、「もし上司がおかしな書き方をごり押ししてきたら、『習慣は論理に優先する』と考えて受け入れろ」と指導する。そのおかしな書き方は、その上司の管理下というきわめて狭い領域での習慣なのだ。この上司に、「世界標準の書き方は、」と言ってみたところで意味はない。正しい書き方をしても、上司からの承認は得られない。

 あるいは、アカデミックな世界で、おかしな文章が氾濫していても、「それが習慣だ」と考えることにしている。「世界標準の書き方は、」などと喧嘩は売らない。喧嘩を売って論破することは簡単だが、こちらに何のメリットもない。ただ疲れるだけでむなしい。
隆車に歯向かう蟷螂の斧
 隆車に歯向かう蟷螂の斧。ライティングを指導していると、この言葉を実感して心が折れそうになります。その例をご紹介しましょう。

 ずいぶん昔、学校の先生が集まるような勉強会で、小論文の書き方を紹介したことがあります。テクニカル・ライティングをベースに、論理的な小論文の書き方を紹介しました。その実例として、欧米のアカデミック・ライティングの教科書に載っている例を使いながら説明しました。

 この講座の中で、2つの小論文を読み比べてもらいました。1つは、アカデミック・ライティングの教科書に載っている例を和訳した文章。もう一つは、日本で「小論文の神様」と言われる方の著作に掲載されていたよい例です。読み比べてもらうときには、両方の文章とも、出典は伝えませんでした。出典を示さなかったのは、バイアスのない状態で読んでもらいたかったからです。

 読み比べてもらった結果、アカデミック・ライティングの教科書に載っている例が圧倒的的な支持を得ました。「小論文の神様」のよい例は、罵詈雑言の嵐です。バイアスのない状態で読んでもらえれば、学校の先生なので、よいか悪いかは判断が付くのです。出典を明らかにすると、どよめきが起こりました。「こんな文章をよい文章として崇めていたのか」と。

 この講座に感化されたある先生が、自分の学校で、正しい文章を指導しようとしたそうです。どのような指導をされたのかはわかりません。しかし、従来の書き方は間違っていて、正しい書き方があることを伝えようとしたようです。

 しかし、同僚の先生から、反論が相次いであきらめたとのことです。「小論文の神様」の信者が多いのです。正しいかどうかではありません。多数派(隆車)に勝てないのです。少数の正しい意見(蟷螂=カマキリ)は、多数の間違った意見(隆車)に押しつぶされてしまいます。

 結果、今でも日本人の書く小論文は、非論理的で分かりにくです。欧米との距離は全く縮まっていません。


テクニカル・ライティングを知らなくても…
 2日連続で同じ質問があった。「テクニカル・ライティングに基づく書き方は、テクニカル・ライティングを知らないと効果はないのではないか」という質問である。しかし、そんなことはない。

 この質問が出る背景には、「正しく書けた文章は、パラグラフの先頭文だけでロジックが通る」という説明を頭に置いているのだろう。確かに、パラグラフを正しく使って書けば、パラグラフの先頭文だけでロジックが通る。だから、パラグラフの先頭文だけを読み、必要なパラグラフだけを読むという読み方ができる。しかし、「正しく書けた文章は、パラグラフの先頭文だけでロジックが通る」ことを知らないなら、この読み方はできない。

 しかし、忙しいビジネスパーソンは、文章を効率よく読もうと思っている。文章のすべての部分を、隅から隅までじっくり読んだりはしない。短時間で必要な情報をほしがっている。だから、無駄なところを飛ばして読むのは、ごく普通の行為だ。

 テクニカル・ライティングを知らない人でも、効率よく読もうとすれば、読むべきところは決まっているのだ。まず、文章の最初のパートを読む。いきなり真ん中から読み出す人はいない。飛ばすにしてもランダムには飛ばさない。見出しやキーワードを頼りに飛ばす。さらに、パラグラフの先頭文は読む。パラグラフの真ん中から読み出す人はいない。

 ということは、テクニカル・ライティングに基づけば、テクニカル・ライティングを知らない人でも効率よく情報を入手できる。テクニカル・ライティングに基づけば、文章の最初のパートには、重要な情報がまとめて書いてある。パラグラフの先頭文にはキーワードが含まれているし、そのパラグラフのポイントが書いてある。

 テクニカル・ライティングは、人間の認知心理に基づいているのだ。だから、テクニカル・ライティングを知らなくても、効率よく伝達できるのだ。
英会話はなきなが勉強する
 商売柄、時々、「英会話が上達するにはどうしたらいいですか?」と聞かれる。私は、「泣きながら勉強するんだ」と答える。

 フルタイムで働いている人間が、日本に在住しつつ、英会話を習得するのはかなり大変だ。多くの場合、定時には帰れない。その生活の中で、英会話を勉強する時間を確保しなければならない。まあ、90%以上の確率で挫折する。

 しかし、英会話を習得するためには、相当量の勉強が必要だ。一般に、TOEICの点数を1点上げるのに、英会話のレッスン2時間が必要と言われている。英語を公用語とした楽天は、そのためには1,000時間の勉強が必要と考えていた。NHKで英会話のラジオ番組を担当してた杉田聡氏は、2,000時間が必要と述べている。

 かつ、その勉強は短期になされなければならない。10年かけて1,000時間確保しても意味はない。週5時間未満の英会話のレッスンなら、現状維持が精一杯らしい。短期に集中すれば、半年で話せるようになる。少なくとも、私はそうなった。

 大量の勉強時間を短期に確保するには、泣きながら勉強するしかない。つまり、他のすべてを犠牲にするしかない。遊んでいる暇はない。仕事以外のすべての時間を英語の勉強に使うかう覚悟が必要だ。その覚悟がないなら、たとえばデートしたいと思うなら、英会話習得はあきらめざるを得ない。

 フルタイムで働きながら、英会話を習得したいなら、「泣きながら勉強するんだ」よ。
授業で取るノートは、話のポイントをまとめるのではない


 2017.7.15の読売新聞夕刊から。違う!何も分かってはいない!

 授業で取るノートは、話のポイントをつかんでまとめるのではない。まとめは、テキストや資料に載っているはずだ。そんなことをノートに取る意味はない。テキストや資料に載っているのだから、「スマートフォンで撮影したり、配布資料にメモする程度で済ませたり」「ノートを持ち歩かない」のは当然だ。 

 ノートに取るのは、話のポイントを理解するために必要な具体例や例えだ。テキストにも資料にも載っていないことを詳細に記録するのだ。抽象的なまとめでは理解できない。具体例などを通じて正確に理解できるのだ。詳細に記録するから、「ペン先から煙が出る速度」で記録するのだ。まとめは、授業が終わってからする行為だ。

 「話のポイントをつかんでまとめる習慣ができれば、社会に出てから必ず役に立つ」ことはない。社会に出れば、話のポイントはまとめてあるはずだ。話のポイントがまとめてないなら、「話のポイントをまとめてください」と言うべきだ。聞き手側が自分勝手にまとめれば、話して側の意図とは違う理解になりかねない。

 「ノートを評価する入試」も馬鹿げている。いかにまとめたかを評価する意味はない。ノートの取り方を試験したいなら、「講義で説明のあった〇〇というポイントについて、具体例を使って説明せよ」とすればよい。もちろん、その具体例は講義の中で述べているのが前提だ。蛇足だが、講義で使われなかった具体例でも、適切な具体例なら正解とすべきだろう。

 さらにいえば、「読解力低下に通じる」「ネット上の短いやりとりが主流となり、相手の話にじっくり耳を傾ける姿勢が失われている」も的外れだ。単に、指導者が正しい指導ができないだけだ。
箇条書きで注意すべきこと
 箇条書きは読みやすいのでビジネス文章にはよく使われます。簡単なようですが、結構注意すべきことも多いです。

1.公式性の低い文章に使う
 箇条書きは、ベタの文章に較べると、公式性に劣ります。したがって、公式性の高い文章、たとえば学会論文などには使いません。社内文書などに適した書き方です。学会論文などでは箇条書きが使えないので、ベタの文章中に番号、たとえば(1)のように、書き入れることがあります。

2.羅列できる情報だけを並べる
 箇条書きできるのは、羅列できる情報だけです。羅列できる情報とは、並列している情報か、ステップ・バイ・ステップのような情報です。普通の文章、たとえば、このパラグラフの文章を、読みやすいからと言って箇条書きしてはいけません。「この文章を箇条書きするわけはない」と思うかも知れませんが、そういう文章を書く人は結構います。

3.同じ種類の情報だけを並べる
 箇条書きできるのは、同じ種類の情報だけです。同じ種類、つまりメリットならメリットだけを箇条書きします。その箇条書きに、デメリットを書いてはいけません。これも当たり前のように感じますが、できない人は多いです。

4.同じ形に揃える
 箇条書きされている情報は、可能な限り形も揃えます。文なら文で、名詞で終わるなら名詞で終わるように統一します。ただし、若干の不揃いは許容すべきことも多いです。

5.数字と記号は使い分ける
 文頭を数字にするか、記号(●など)にするかには意味の差があります。数字を使うときは、序列がある場合か、後で参照したい場合です。ステップ・バイ・ステップのような情報は、序列があるので文頭を数字にします。この文章の見出しに番号を置いていいるのは、参照しやすくするためです。普通に並列するだけなら、記号を使います。記号を使った場合、重要な順に並べるのを基本とします。

6.記号は意味で統一する
 文頭を記号にするとき、同じ並列なら同じ記号を使います。たとえば、あるページで注意事項を●で箇条書きしたら、別のページの注意事項も●で箇条書きします。記号をむやみに変えてはいけません。

 ざっと、思いつくままにポイントを紹介しました。箇条書きひとつでも注意すべきことはたくさんあります。
従来の書き方に引きずると、おかしな文章ができる
 ロジカルライティングの受講者の中には、これまでの書き方を捨てられない人が多い。従来の書き方に引きずったまま、新しい書き方で書こうとすると、おかしな文章ができる。

 私は、ビジネスレポートの先頭に置く総論を、下記のようなパターンを基本として指導する。総論を目的と要約に分けて、要約のパートでは、結論の文の後に、調査結果などの重要な情報を列挙する。パターンを使うのは、何もなしに、「レポートの最初には重要な情報をまとめてください」とだけ言っても書けないからである。まあ、まとめるときの目安だ。

 このパターンで総論を書いてもらうと、パターンから外れる人が出てくる。結論の文の後に、調査結果などの重要な情報を列挙し、さらに何かまとめのようなことを述べる。しかも、そのまとめは、結論の文とは内容が異なっている。つまり、まとめの文が最初と最後の二カ所にあって、しかも内容が違うのだ。

 なぜこのようなパターンから外れる文章になるかというと、従来の書き方に引きずっているからだ。従来は、最後にポイントを述べてきた。だから、重要な情報を列挙したあと、何かまとめのようなことを述べないと気持ちが悪いのだ。最後に結論の文と同じ主旨のことを繰り返すなら、まだ許せる。しかし、多くの人は、結論の文を取って付けたように作り、最後に本当に言いたいことを述べてくる。

 従来の書き方に引きずると、おかしな文章ができる。
「労働時間が長くなると、生産性が下がる」か?
 ちょっと、バタバタしていたので、久しぶりの投稿です。

 働き方改革と言うことで、長時間労働を是正しようという動きがある。この話の中で、因果を取り間違えているのではないかと思う説明を見かける。

 改革推進派は、「労働時間が長くなると、生産性が下がる」と主張する。たとえば、「種の起源」で有名なチャールズ・ダーウィンや、「19世紀最高の数学の天才」と言われるフランスの数学者アンリ・ポワンカレは、4時間しか働かなかったと。あるいは、週60時間以上働く人は、生産性が低いというデータがあるとか。だから生産性を高めるには労働時間を減らしたり、適度に休息を取ったりすること重要だというわけだ。

 しかし、因果の取り間違え、つまり、「生産性が低いから、労働時間が長くなっている」と言えないだろうか。4時間しか働かなかったから、天才的な成果を残したのではなく、天才だから4時間しか働かなくても成果が出たのではないのか。生産性が低いから、週60時間以上働かねばならにではないのか。労働時間を減らしたり、適度に休息を取ったりすれば、さらに生産性の低下を招かないか。

 断っておくが、「労働時間が長くなると、生産性が下がる」ことを否定しているのではない。示されたデータでは、「労働時間が長くなると、生産性が下がる」ことを論証できないと言うことだ。「労働時間が長くなると、生産性が下がる」ことを論証するには、別のデータを示す必要があると言うことだ。たとえば、ある作業を長時間だらだら続けた場合と、短時間で集中した場合で、短時間でやった方が作業の質や量が優れていることを示すデータだ。

 正直、「労働時間が長くなると、生産性が下がる」に、私は懐疑的だ。長時間労働している人は、仕事が終わらないので長く働いているのだ。短い時間で同じ質の仕事ができるとは思わないだろう。その仕事がきわめてクリエイティブなものであれば、短い時間で高い質の成果を出すこともあるだろう。しかし、そんなクリエティブナ仕事ばかりしている人は、日本にはほとんどいないだろう。

 因果の取り間違えは、結構やりがちな落とし穴だ。
最初の10年が人生を決める
 "The most important period of researchers is the first ten years."  ある大手建機会社の研究所の応接室に飾られていた色紙にあった言葉だ。(訳:研究者にとって最も大切な期間は、最初の10年である)

 この言葉に、私は共感する。ただ、研究者に限らず、ビジネスパーソン全員に言えることだと、私は思う。私がフリーランスで生活していけるだけのスキル(その基本)を身につけたのは、社会人になって10年以内だ。ライティングも、論理的思考も、プレゼンテーションも、30代半ばまでは必死に勉強した。基本はこの時期までにできあがっている。

 最初の10年頑張ってしまえば、あとは流れに身を任せるだけだ。特別何もしなくても、周りから依頼だの仕事だのが舞い込む。それをこなしていると、さらに知識やスキルが高まる。そうなると、さらに依頼だの仕事だのが舞い込む。好循環が生まれる。

 最初の10年が、その後の人生を大きく左右する。
成功者に学ぶのは危険
 ビジネス書の多くで、成功者がいかに成功したかを説明し、その成功の秘訣を学ぼうとする。しかし、成功者に学ぶのは危険な思想だ。

 成功者(=勝者)の陰に、無数の敗者がいることを忘れてはならない。成功者が、敗者のやっていないことをやって勝者になったかどうかはわからない。もしかすると、勝者も敗者も同じことをしたのに、才能や運で勝敗が付いたのかもしれない。しかし、敗者が何をやったかは分からない。表舞台には登場しないからだ。

 たとえば、豊臣秀吉が、織田信長の草履を懐で温めていたのを評価されて出世のきっかけをつかんだ話は有名だ。では、豊臣秀吉だけが、織田信長の草履を懐で温めていたのか?同じことをやっても、親方に気が付かれなかったもの、尻にひいていたと勘違いされて切り殺されたものが山ほどいるかもしれない。しかし、成功しなかったものは出世しないのだから、記録には残らない。

 同様に、「あきらめなければ夢はかなう」と、安直に述べてほしくはない。そりゃあ、成功したあなたは、あきらめなかったから成功したのだろう。しかし、その成功の裏には、多くの人間の夢を踏みつぶして成功してきたのだ。圧倒的多数の人間は、夢をあきらめなかったがかないはしなかったのだ。

 成功者の裏にいる無数の敗者のことを忘れてはならない。
カスタマイズお断り
 私は、講座のカスタマイズを、承ることはありません。カスタマイズは、スキル習得上、何のメリットもないからです。

 時々、研修担当者が、自社向けのカスタマイズを要求してきます。たとえば、ライティング講座やディベート講座で、自社に関係した内容の文章やテーマを扱ってくれと。あるいは、内容が古いから、新しい内容にしてくれとか。

 私は、この手のカスタマイズをお断りしています。なぜなら、用意している文章やテーマは、学習効果を高められるよう、10年以上かけて練り込んできているからです。時には、講座の別の部分とつながりを持たせていたりもするからです。受講者に身近であるという理由だけで、文章やテーマを変えれば、学習効果が下がるだけです。

 たとえば、ロジカルライティング講座では、「ソニー社のAIBOを分析する」というテーマでレポートを作成する課題を使います。この課題は、ロジックを縦と横で組むことを学習するのに最適だからです。他のテーマの課題も持ち合わせはありますが、このテーマ以上に、ロジックを縦と横で組むことを学習するのに適したテーマはありません。

 しかし、研修担当の中には、「AIBOは古いので別のテーマに」と言ってくる人がいます。テーマの新旧は、文章の書き方と関係がありません。最新のトピックにしても学習効果に何の影響もありません。逆に、ロジックを縦と横で組むことを学習しにくくなるので、大きなマイナスです。

 ただ、学習したことの応用として、受講者がよく書く文章を引き合いに、説明を付け足すことはやります。
 
リンクを繋げる難しさ
「多くの人は、このリンクがまともに繋げられない。繋げられないのに、繋げている気になっている」と述べた。その例を示そう。

 家庭ごみの収集を有料化すると、家庭ごみが減ると、すぐにリンク繋げる人が多い。有料化すれば、お金を払いたくないので、出すゴミの量が減るというわけだ。「家庭ごみの収集を有料化→家庭ごみが減る」のリンクがつながっていないことに気が付かない。つながっていると思い込んでいる。

 しかし、有料化されていない自治体に在住の人に、なぜ家庭ごみが減るかを質問すると、ほぼ答えられない。家庭ごみの収集を有料化したからといって、ゴミはゴミだ。生ごみを食べるわけにはいかない。ゴミをため込んでゴミ屋敷にすることもできない。埋めたり燃やしたりは、田舎ならともかく都心では無理だ。結局、ゴミは回収してもらうしかない。

 家庭ごみの収集を有料化すると、家庭ごみが減るのは、リサイクルが進むからだ。リサイクルが可能な、紙資源、ペットボトル、発泡スチロールのトレイ、ビン、缶などは、無料で回収される。リサイクルできるものはリサイクルに回すので、家庭ごみが減るのだ。

 この例のように、「AならばBになるはず」というリンクを、甘く考えている人は多い。
ライティングとディベート
 私は、ライティングを深められのは、ディベートを勉強したことによると思っている。ディベートで勉強したのは、リンクと論証の概念だ。

 リンクとは論理単位を縦につなぐ概念だ。縦につなぐとは、「AならばBになるはず」というつなぎだ。このリンクがしかっりできていないと、論理は破綻する。しかし、多くの人は、このリンクがまともに繋げられない。繋げられないのに、繋げている気になっている。ディベートでは、リンクが弱いと相手に突っ込まれて負ける。

 論証とは、リンクを根拠で支持することだ。ついまり、「AならばBになるはず」と言ったら、そうなることを根拠で支持する。しかし、多くの人は、「AならばBになるはず」と主張しただけで根拠を述べない。根拠を述べていないのに、述べた気になっている。ディベートでは、論証が甘いと相手に突っ込まれて負ける。

 リンクがしっかりしていると、文章は「既知から未知」に流れる。つまり、「AならばBになる」、「BならばCになる」、「CならばDになる」という流れになる。未知な情報=初登場の単語が文頭に来るなら、リンクはつながっていないのだ。逆に言えば、「既知から未知」の流れを意識すると、リンクは自然とつながってくれる。

 論証がしっかりしていると、パラグラフは4-8文ぐらいにはなる。根拠をしっかり述べれば、データや具体例が必要になるので、自然と4-8文は必要になる。パラグラフが、1-2文で終わるなら、根拠はほとんど述べていないのだ。逆に言えば、1つのパラグラフを4-8文で書こうとすると、自然と論証ができてしまう。

 ディベートは議論のためだけの勉強ではない。もちろん、議論の勉強にはなる。しかし、日本では論理的な議論をする場面が少ない。むしろ、別の勉強に有効だ。
辞書をプロジェクタに映して研修
 テクニカル・ライティングの世界では、「辞書はお金で買える実力」と言われているほど、上手に辞書を使うことが大事だ。そこで、私は英語を指導するとき、実際に辞書をプロジェクターで映しながら説明する。

 私は、windowsの辞書ソフトで、複数の辞書を引ける環境を構築している。このソフトで引けるのは、たとえば以下のような辞書だ。
 岩波国語辞典
 広辞苑
 ジーニアス英和辞典
 ジーニアス和英辞典
 ジーニアズ英和大辞典
 研究社新英和辞典
 研究社新和英辞典
 新編活用大辞典
 英辞郎
 和英辞郎
 例辞郎
 リーダーズ
 リーダーズプラス
 Oxford Advanced Lerner's Dictionary
 Collins COBUILD Advanced Learner's Dictionary
 Longman Dictionary of Contemporary English
 など

 この環境は、すべての辞書を個別に買わなければならないので、お金がかかる。数十の辞書がバンドルされている電子辞書と比べると、コストパフォーマンスが悪い。しかし、電子辞書ではプロジェクタに表示できないのだから仕方ない。

 さらに、この環境を構築するには、それなりのパソコン知識が必要だ。すべての辞書をEPWINGというフォーマットで用意する必要がある。このフォーマットで購入できない辞書は、ネットを頼りに自力で変換する。

 この環境を使って、実際に辞書を引きながら、講座を進める。辞書を使えば、大概の日本語は英語になることを指導する。受講者が演習を進めているのを見て回り、辞書を引かずに書いた英文を探す。誤用した英単語の辞書の記述をプロジェクタで映し、間違った使い方をしていることを指摘する。その指摘と同時に、辞書を引けば間違いを防止できることを指摘する。

 実際には辞書以外も使う。WEBだ。パソコンをネットにつないでおいて、必要に応じてWEBで調べる。使うのは主に、weblioというページとgoogleだ。

 辞書をプロジェクタに映しながら講座を進める講師っているのかなあ。


プロフィール

ロジカルスキル研究所代表

Author:ロジカルスキル研究所代表
ロジカルスキルを企業研修で指導しています。主な講座は、ロジカルライティング、ロジカルネゴシエーション、ディベート、ロジカルプレゼンテーション、英文テクニカルライティングです。

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